成田龍一「近現代日本史との対話」上下巻 海外大学教員としての所感
海外の大学で研究・教育していると、「日本人だから」という理由で日本関連の授業をやるように上から言われることがあります。東南アジア史が専門の私は、日本史は高校までの遺産と大学でいくつか授業を取ったくらいなのですが、シンガポール国立大の博士課程時代、当時の学部長に言われて近現代日本史のチューター（セミナー形式の授業で教えたり、ファシリテートしたりする）をやったことがあります。
初めて教えた時のこと。こっちは英語で教えなきゃいけないからちょっとナーバスなのに、シンガポールの学生から「先生、Hanって漢字でどう書くんですか？」とか「蝦夷共和国っていうのについて教えてほしいんですけど」などのわりとマニアックな質問が来て微妙に焦った記憶があります。（でも一応「藩」書けましたｗ）
こういう経緯で、英語圏と日本の日本史の教科書と補助教材を大急ぎで２０冊くらい読みました。印象としては、英語圏の方が政治や論争から一歩引いているので、バランスが取れていると思いましたし、全体としては英語の教科書に沿ってセミナーもやりました。（シンガポールの生徒たちも英語で勉強するので。）しかし、英語の標準的な教科書が日本の歴史家たちの間での意見の相違をうまく歴史叙述の中に組み込めているかと言えばそうでもありません。
それで、去年日本に帰国していた時に、ちょうど成田龍一先生の「近現代日本史との対話」の出版記念講演に出席する機会があり、もしまた日本史の授業をやることがあったら使えそうだから購入しました。
しばらく前ですが、上下巻読みました。厳密な意味で専門ではないのであまりしっかりした批評はできませんが、以下、一教師としての所感です。
まず、新しく設定された「歴史総合」の授業対応の準教科書として書かれた本です。私は、今まで読んだ近現代日本史の教科書では一番良くまとめられていると思いました。日本に住む人達と日本史の学生みんなに推薦できます。海外の生徒たちに教える場合にも、授業の構成を考える上で参考になります。
構造：扱っている時代区分は明治維新から東日本大震災後の出来事まで。魅力的な特色が２つある。１つ目はコンセプト。その時代を動かしてきた支配的な「システム」という概念を中心に読み解くことで、政治・経済・文化・社会運動の分析を連結させる通史になっていて、世代ごとの（２５－３０年をひとまとめにした）巨視的な変化と個々人の体験の両方を捉えやすくしています。今までの教科書が、文化史と政治史と経済史を別個に扱っていたのと比べると、つながりがよく見えるように書かれています。
2つ目の特色は、メタ通史（metahistory）の通史と呼べるような構造になっていること。メタヒストリーと言うのは、通常高校などで使う通史の教科書が歴史叙述だとすると、その歴史叙述を規定している歴史観（悲劇的だったり、喜劇的だったり、右翼的だったり、左翼的だったりとかする）のことと思ってくださればいいと思います。「近現代日本史との対話」は、歴史認識の変化や対立までを範疇に入れた「システム」の分析になっていて、結果的には歴史認識の相対化を行う教科書となっています。
「近現代日本史との対話」は上下巻あって、両方読んでもいいし、どちらかだけを読んでも特に問題のない内容になっています。特に戦中・戦後・現代史を扱っている下巻は、直接私達がいる状況までを範疇に入れていて、クオリティー的にも読み応えがあります。
私が高校生のときは、山川の他に、つくる会の教科書や日中韓3カ国共同の教科書があらわれて、歴史認識が社会問題になった時期でした。どれも歴史認識問題自体の歴史性を範疇に入れておらず、歴史上の人物や教科書製作者自身の世界観や歴史観を相対化できていませんでした。当時、社会派系の友達などと話していたこととしては、「教科書３冊か４冊読まないと、異なる歴史観も争点になってる問題もわからないよね」っていうことでした。
そういう意味で成田龍一の「近現代日本史との対話」は、15年以上「こんな教科書があったらいいのにな」と思っていたものにかなり近い教材を書いてくれたと感じています。
※こういう私が全然実力発揮してない記事に限ってたくさん読みに来てくださるので、よろしかったら本気出してる記事も読んで下さいｗ
書評：ウェスタッド「冷戦：ワールドヒストリー」. https://note.com/kishotsuchiya/n/na743309a9952
ミンダナオにおける草の根のコロナへの反応. https://note.com/kishotsuchiya/n/nee0e6da6e9e2
書評：ビクトール・リーバーマン「Strange Parallels」. https://note.com/kishotsuchiya/n/nd49ca95a0f30
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