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書評/世界史:ウェスタッド「冷戦:ワールドヒストリー」

英語版は2017年、日本語版は今年の7月に発売されたオッド・アルネ・ウェスタッドの「冷戦:ワールドヒストリー」を批評します。本の概要まで無料冷戦研究史を踏まえた今後への期待などを含めた筆者の批評部分を有料にします。最後まで読みたいという方はマガジンへのご登録をお願いします。

先に書いておくと、20世紀と私達の生きてる今への文脈を理解したい人は、絶対読んで損はしない本です。ただ、「冷戦」という概念自体を問うという姿勢を取ってる私達のような歴史家から見ると、この本は「入門に過ぎない」という印象です。以下書評です。

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オッド・アルネ・ウェスタッドには既に「グローバル冷戦史―第三世界への介入と現代世界の形成―」という革新的な作品があり、冷戦史という分野では既に確固たる地位を築いている歴史家だ。「グローバル冷戦史」から「ワールドヒストリー」までウェスタッドのアプローチは、多くの点で一環している。かつて冷戦史という分野は、「冷戦構造」を作った張本人と見なされてきたアメリカ合衆国とソビエト連邦という2つの国の対立に着目してきたウェスタッドの場合、この2つの「中心」から離れて、いわゆる冷戦時代の第三世界のリーダーたちの立場に立って「冷戦とはどのようなものだったか」と問うことから始める。ウェスタッドに沿って考えるならば、米国とソ連にとっては競争・対立であった冷戦が、第三世界から見ると資本主義と社会主義という2つの魅力的で、実質的で、相容れないモデルのどちらを選択するか、という問題だった。

いい意味でも、悪い意味でも、ウェスタッドの冷戦史への貢献というのは、世界史として冷戦を研究してきたという点に尽きる。「ワールドヒストリー」の方は、米国やソ連だけでなく、中国、インド、東南アジア、アフリカ、ラテンアメリカ、中東などもカバーするバランスの取れた本当の意味での「世界史」で、資本主義と社会主義のイデオロギー的対立が認識され始めた19世紀後半から20世紀末までの比較的長い歴史を扱っている。自分で開拓した「グローバル・ヒストリー」としての冷戦史という分野を総括する作品を提供したと言える。一方で、ウェスタッドの場合、「冷戦」という概念自体に対して批判的にアプローチせず、旧来の理解を借用しているため、理論的にはさまざまな不備がある。ウェスタッドの作品における批判的な理論の欠如は、これまでの冷戦史全体についても言えることだと筆者は考えている。
「ワールドヒストリー」の構成としては、序論とエピローグに当たる章を除けば、ほぼ時系列的にアレンジされている。序論では、「冷戦を資本主義と社会主義の長期的な闘争と理解する」ということが示される。これは、米国とソ連の単に地政学的あるいは経済学的な利害の対立や、政策立案者や政治家の個人的な決定や気まぐれによって生まれた構造ではないという意味だ。ウェスタッドに言わせれば、資本主義と社会主義の対立の起源は、19世紀のヨーロッパの社会内部、さらにヨーロッパが支配した広大な殖民地との関係の中から生まれてきたと言う。ヨーロッパにおける19世紀末というのは、初めて資本主義の危機が認識され、大規模な労働運動が展開された時代だ。自らを共産主義者と呼ぶ革命的な社会主義者たちが現れた。米国とソ連は領土を広げ、植民地では反植民地運動が現れ始めた。つまり、20世紀特有の歴史のパターンが19世紀末に現れるため、ウェスタッドはここから物語を始める。

そして、ヨーロッパから超大国としての地位を引き継ぐことになった米国とソ連がどのように世界を良くし、救済していくかというモデルとして対立する。片方は、市場と個人の自由によって。もう片方は、計画性と社会正義によって。

第一章では、第一次大戦を扱っている。ウェスタッドは、この戦争が冷戦構造を先取りしていたと言う。第一次大戦の結果として、初めての共産主義の強国としてソ連が生まれ、米国が資本主義の大国として台頭した。そして、ウィルソンとレーニンが新しい世界のリーダーとして現れる。そして、第一次大戦の被害にあい、実際に戦争に参加した若い人々の中から、恐怖、不確かさ、信仰、そしてより良い世界の必要性などを強く感じる世代が生まれた。トルーマン、スターリン、アイゼンハワー、ホーチミンなどもこの世代に含まれており、戦争と大恐慌の陰鬱とした雰囲気のなかで青年期を過ごしていた。彼らにとっては、資本主義と社会主義というのは、彼ら自身が経験した社会悪を解決するための方策だった。ウェスタッドによれば、このようなよりよい世界への無垢なイデオロギー的信仰が原因で、冷戦構造の両陣営は妥協しない頑固なスタンスを取ることになった。

残りの20章でウェスタッドは、1941年下ら1991年頃までの世界中での出来事をカバーしようとしている。読者は次々にたくさんの事件について読むことになる。テヘラン会議、ヤルタ会議、ポツダム会議、マーシャル・プラン、ベルリンの壁、中国の紛争、朝鮮戦争、インドネシアのコンフロンタシ、キューバ危機、チリのサルバドール・アレンデの盛衰、ベトナム戦争、クメール・ルージュ、エチオピア革命、イラン革命などなど、その他多数。

全体としては、米国やソ連の冷戦史よりも、冷戦のヨーロッパ起源と「その他大勢」に括られてきた第三世界の国々のリーダーたちに焦点を当てる冷戦史となっている。ウェスタッドの考えでは、ヨーロッパにおいては自分たちの地域で生まれた異なるイデオロギーの対立が生まれ世界に広がっていったように見えるが、第三世界のリーダーたちにとっての冷戦というのは、植民地主義が再編成され、新しい形の植民地主義として米国とソ連の影響力が台頭するというものだった。この意味で、ウェスタッドは、様々な地域の異なる観点を冷戦史の語りの中に組み込んでいる。まあ、意地悪な言い方をすれば、彼は政治的リーダーについてしか言及していないが。

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