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初めてのアートリサーチ/塩尻アーティスト・イン・レジデンス(長野県塩尻市)〜前編〜

2021年10月から2022年2月にかけて、副業人材として初めてアーティスト・イン・レジデンスのリサーチ業務を行なった。アーティスト・イン・レジデンスとは、アーティストが一定期間ある地域に滞在し、フィールドワークをもとにして作品制作やリサーチ活動を行う取り組みのこと。今回リサーチしたアーティスト・イン・レジデンスのまとめ記事がnoteで公開されたので、参加にいたる経緯を述べながら、その取り組みについて紹介したい。

初めての本格的な副業


お盆を過ぎてすでに秋めいた岩手県遠野市で暮らしていた2021年・晩夏。業務委託で請けていた仕事の件数が減りはじめ、そろそろなにか生計をカバーするものを探さないと考えていたある日、「日本仕事百科」で目を引く求人を見つけた。

募集を出していたのは、長野県塩尻市の「塩尻市関係人口創出事業」(委託先:NPO法人MEGURU)。長野県のほぼ中央に位置する塩尻市はワインと漆器が有名な風光明媚なまちで、昔から交通の要所としてその名を知られている。

なんでも「塩尻」の謂れは、海のない長野において日本海側と太平洋側の塩売りが、道中、塩を売りながら街道を進むと、ちょうどこのあたりで売り切れたことからことからきているとか。行ったことはないが、その謂れだけでもどこか親近感を感じる。というのもそのころ暮らしていた遠野市も、岩手県のほぼ中央に位置する盆地で、かつては峠を越えた海側と陸側の商人たちが一夜の宿を求める町であった。そのため遠野には昔から、峠道でおきた不思議な話などが集まり、人々によって語り継がれ、やがてそれは民俗学者・柳田国男によって『遠野物語』としてまとめられ、世に知られていくこととなる。

長野県へはこれまでも、関係人口創出プログラムのひとつである「信州つなぐラボ」の参加者として、小川村へ約2年間かよった経験がある。当時暮らしていた東京からそれほど遠くない身近な地域であり、また、登山や観光でもときおり訪れていたことから、「住んでないけど、かよえる地域」として、長野県には親しみがあった。

しかし新型コロナウイルスの影響で、小川村へもここ数年は足が遠のき、すっかりご無沙汰状態であった。山深い遠野において、長野はもはや「かよえる地域」ではなく、はるか遠くの場所となっていた。

そんななかで見つけた今回の求人。これはリモートをベースとした期間限定の副業人材募集であった。まずはその記事タイトルにもあるとおり、「リモートであること」「短期間の仕事であること」「長野県と関わりを持てること」に惹かれ、記事を読み進めると、これはもう応募せずにどうするといった要件が書かれているではないか。求人が出ていたポジションはいくつかあったが、そのなかでも目が釘付けになったのは「持続可能なアーティスト・イン・レジデンス事業の構築」をするアートディレクター(企画運営・インタビュー等)の募集であった。興味があるもなにも、まさにど真ん中。ドストライク。アート関連の事業でまた長野に関われるだなんてと、応募しないうちからひとり喜んだことを覚えている。

とにかく縁あって10月に採用が決まり、塩尻側のメンバーと、もうひとりの副業人材であるヒロイクミさんとオンラインでの顔合わせが始まった。

ヒロイさんはオランダ・アムステルダム在住の日本人アーティストでありグラフィックデザイナー。7時間の時差があるオランダと、長野県塩尻市、岩手県遠野市と、それぞれ離れた場所からオンラインでつながり、ひとつのプロジェクトを進める。コロナによって隔てられたわれわれは、コロナによって新しい出会いを得た。まさにそんな気分だった。

多種多様なアーティスト・イン・レジデンス


今回、リサーチする「塩尻アーティスト・イン・レジデンス」(以下、塩尻AIR)とは、2020年から塩尻市を舞台に行われている取り組みで、塩尻市はANAによるアートプロジェクトANA meets ART"COM"の実施地域のひとつとして選ばれている。ビエンナーレとして始まったANA meets ART"COM"は、2020年に4名のアーティストを塩尻市に招聘し、フィールドワークと作品発表を行った。2021年も引き続き4名のアーティストが、塩尻市内の各地区を拠点に滞在したが、前年とちがって作品発表を前提としないリサーチが、その主な活動内容となっていた。

基本的に官公庁や都道府県、公益財団法人といった機関からの助成金が、主な活動資金となることが多いアーティスト・イン・レジデンス。しかし、助成金は毎回必ずもらえるものではなく、採択される事業者もその数も年によってまちまちである。いつまでもアテにできるわけではない。

助成金に頼らないアーティスト・イン・レジデンスを地域でつづけていくには、どのような工夫が必要か。それは一朝一夕に答えが出る問いではないが、その兆しにつながるヒントを得ようと調査に至った今回のプロジェクト。2021年度の塩尻AIRに参加したアーティストと、彼らと交流の機会があった地域住民にインタビューすることが仕様書で決まっていたほかは、リサーチ内容とアウトプットの方法も任されていた。2週間に1回、プロジェクトマネージャーの岩佐さんとオンライン定例会を設け、ヒロイさんとわたしは、それぞれ国内外の既存のアーティスト・イン・レジデンスの事例と条件についてリサーチをした。

アーティスト・イン・レジデンスと一口に言っても実にさまざまで、「アーティストが一定期間ある地域に滞在する」こと以外で、必ず共通している条件は意外と少ない。運営側がアーティストの移動費、滞在費、制作費まで負担するものもあれば、費用の負担はなくスペースのみの提供もある。滞在中の作品発表も必須条件ではない。要は、それぞれのアーティスト・イン・レジデンスがなにを最優先の目的としているのかによって、その支援内容は千差万別となる。つまり、これからもアーティスト・イン・レジデンスを塩尻でつづけていくためには、どのような塩尻AIRを目指したいのかを明確にすることが先決であった。

画面越しの取材


ヒロイさんと話し合って、今回はそれぞれが別個にリサーチするのではなく、インタビュー取材で押さえておきたいポイントや、そのフィニッシュの形態など、ある程度かたちを合わせ、協力しながら作業を進めることとした。ヒロイさんは画面越しからでも聡明な人とわかるほど、ハキハキとして明るく、わたしは打ち合わせのたびに「パートナーがヒロイさんで本当によかった」と心のうちで感謝した。

取材は世情も鑑みて、zoomを利用したオンラインでのインタビューが多かった。これまでにもインタビューをもとにした誌面制作はおこなってきたが、そのすべてが実際に対面したインタビューで、オンラインでのインタビュー経験はない。正直なところ不安が募る。対面であれば他愛のないはなしから入り、ときには視線をまわりに外して、あたりの景色について会話を交えながら進めることもできるが、オンラインにはそういった逃げ道がほとんどない。まさにお互いがパソコン画面の枠に閉じ込められたような状態で話さなければならない。

わたしがインタビューをするのは、アーティスト2名、地域の人2名、そして実行委員などのサポートメンバー2名の計6名。いちばん最初のインタビューは12月上旬、インタビュイーは実行委員のひとりであるHさん。ガチガチに緊張したまま取材がスタートし、お互いの人となりがわかるのにも時間がかかった。Hさんの人柄に助けられながらあらかじめ決めていた質問事項はなんとか聞けたものの手応えはなく、とても反省の多いすべり出しとなった。南無三。

反省が多かった初回のオンラインインタビュー


後編につづく


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