お花畑な女の子/ Gardening Girl
同級生のハルが病気になったと聞いて、家にお見舞いに行ったわたしが見たのは、見るも鮮やかに頭がお花畑となった彼女のすっとぼけた面だった。
比喩ではない。
ほんとに彼女の頭からはカラフルな花が直接生えていて、まるで花畑の様相を呈していたのだ。わたしの視線が彼女の頭に釘付けになったのも当然と言える。
「あ、アオじゃんおっすー」
そんなわたしに対して、気楽な様子でひらひらと手を振って呼び掛けるハルはいたって元気そうだった。
「え、あ、いや、ハルなにどしたんそれ」
わけが分からず問いかけるわたしに対して、髪の毛を頭に生えた花ごとわしゃわしゃと恥ずかしそうにかき回しながらハルが答える。
「いや~なんか、朝起きたら生えてきちゃったんだよね」
「……なんなの、もう」
彼女のお気楽な様子に呆れるわたしに対して、えへへ、とハルはゆるみきった顔で笑うのだった。
頭がお花畑とはよく言うけれど、まさか文字通りお花畑が頭の上に出来上がってしまうなんてことがあるとは思わなかった。そりゃ、正直に言ってしまうと前からお花畑な子だなとは思ってたけどさ。それにしたって、大丈夫なのだろうか。根元のあたりとか、一体どうなっているのかぱっと見は分からないけど、頭に直接生えてるってことなんだよね?
「うん、そうみたい」
無造作にぐいぐいと頭に生えた花のうちの一本を引っ張りながらハルが言う。ちょ、ちょ、ちょっと、そんなにてきとーにひっぱって大丈夫!?
「だいじょうぶだよ、そんなに簡単に抜ける感じじゃないし」
「でも抜いちゃうとまずいんだよね……?」
「たぶんね。調べてもらったら根っこがあたしの脳みそまで食い込んでるみたいだから」
いやいや脳みそって。気軽に言ってるけど、けっこうヤバい状態なんじゃないの?
「まあ別に痛いわけでもないし。それに自撮りめっちゃ映えるよ」
いえ~いと顔の前でピースサインをしながらスマホで自撮りをするハル。ちょいちょいと操作をして、わたしのスマホに撮ったばかりの画像を送りつけてくる。私は写真を取り込んで、花の名前を教えてくれるアプリで検索してみた。彼女の頭の上に咲いているのは黄色いナノハナ、青いネモフィラ、真っ白なポピーに紫色のヤグルマギクなどなど。彼女の名前の通りにそこに生えていたのは春の花たちで、色とりどりに咲き誇る花たちは、確かにむちゃくちゃ映えていた。だけど春の花と言うことは、夏になったらどうなるのだろう。
蝉時雨がけたたましい八月になるとハルの頭の上にはまるでパラボラアンテナのようにおっきなヒマワリがででんと鎮座していた。
「なるほど、そうきたかー…」
腕を組んで感心するわたしの前で、ハルはベッドに座りながら首をなんだか変な方向に曲げて苦しそうにしている。なにやってんの、と訳を聞くと、頭のヒマワリが常に太陽の方を向こうとして引っ張られるのでずいぶんと困っているのだという。わたしは笑い出しそうになってひくひくする口元をわざとらしいしかめっ面で覆い隠しながら聞いてみた。
「昼間はそうなるのは分かるけどさ、それなら夜はどうなってんの」
「夜はずっと下向いてる。太陽が下にあるから」
なにそれウケる。
ベッドに寝たまま下を向いているハルを想像してわたしはけっきょく吹き出してしまった。
その流れで秋は紅葉なんだろうかと思ったのだけど、秋になってハルの(ややこしいな)頭に咲き誇ったのはコスモスだった。なるほど、こうやって見てみると、どうやら彼女の頭に生えるのは草にかぎるっぽい。
そんな感じでわたしたちはなんだかんだとお花畑で楽しんでいた。
わたしがお気楽でいられたのは当の本人であるハルがあまりそれを気にしないでいてくれたからなんだと思う。
……だけど。
秋が過ぎ、木枯らしが吹いた日からしおれ始めた頭の草に引きずられるようにしてハルは意識を失ってしまった。
目覚めなくなってしまったハルは病院に移された。
彼女の頭に生えていた草はいつの間にか消えてなくなっていた。その代わりであるかのように、ハルの髪の毛は緑色になっていた。染めているわけではなく、今のハルの髪にはメラニンの代わりに葉緑素が含まれているらしい。
眠り続けているのにいったいご飯とかトイレとかはどうしているのかと思ったら、彼女の髪の毛が光合成をして作り出した栄養素で補っているのだと、ハルの主治医だという若いイケメンのお医者さんが教えてくれた。
「ですから彼女は単に意識がないだけ、とも言えます」
……ん?
それじゃふつーに寝てるのと一緒ってことなんじゃないの?
「そうですね、極端に代謝は落ちていますが生理機能は正常ですから」
「えーと、それは植物人間みたいなもの、ってこと?」
「ですね。まあ彼女の場合リアルに植物が生えてたわけですが」
頭の植物がなくなったと思ったらハル自身が植物みたいになっちゃったということだ。
……なんなの、もう。
そのままハルは年が明けても眠り続けていた。眠り姫さながらにすやすやと穏やかな表情で眠る彼女はいったいどんな夢を見ているのだろうか。
寒さもすっかり通り過ぎ、風の匂いに春が混じる四月になって、わたしは進級し、ひとつ上の学年になっていた。ハルは休学扱いだったから、いっこ下になってしまった。
ねえ、ハル。
ほら、見てみなよ。外はもう春だよ。
ハルが眠っている病室の窓からは川沿いに立ち並ぶ桜の花が見えた。
しばしそれに見とれた後、振り向いたわたしが見たのは。
「……おはよ~」
わたしが見たのは、一面のお花畑を頭に生やした彼女のすっとぼけた面だった。
慌ててわたしが連打したナースコールで病室に駆けこんできた先生はハルの頭に再びもっさりと生えてきたお花畑を見て、「ああ、なるほどですね。どうやら、彼女の頭の草は一年草だったみたいですね」と勝手に納得がいった様子でつぶやいている。
わたしはおもちゃ箱をひっくり返したような大騒ぎになっている病室の中で、そっとハルの頭の上のお花畑を撫でる。
ぽたぽたと、わたしの頬を春の雨が伝う。
「……なんなの、もう」
止めどなく落ちる涙で顔をぐしゃぐしゃにしつつ呆れるわたしに対して、えへへ、とハルは以前のように、ゆるみきった顔で笑うのだった。
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