アーサー

 アーサーは、トヨエツがすきだった。トヨエツとは豊川悦司のことで、私たちより20歳年上の俳優で、90年代から舞台、映画、ドラマなどで人気だった。同級生や2、3歳上までの人しか好きになったことのなかった私は、そんなに年の離れた人に恋をするアーサーを大人だなと思った。実際、アーサーにとって私や同級生の男の子たちは子どものように感じたかもしれない。
 そんなアーサーが、「将来は農業をしたい」と言った。「日本の食料自給率はとても低く、将来このままでは食べものに困るようになる」と。「そうなった時に、一人でも生き延びられるようになりたい」そう言ったアーサーは、私とは次元の違う視点で生きていると思った。90年代のみんながまだイケイケの空気が残る時に、同年代とは思えない、その先を見ていて、そして、こんな広い地球に一人でも生き延びられるようにと願うことのできるアーサーが、とてつもなく大きな存在に思えた。
 私なら、一人では孤独すぎて死んじゃいそう。一人だけで生きることを考えるくらいなら、餓死することを選んじゃいそう。あっという間に死ぬことを選びそうな自分の生命力にがっかりしながら、アーサーってすごいな、と思った。

 アーサーは、メガネをかけていて、ひょろっと背が高くて、トヨエツが好きで、農業をしたいと言って、吹奏楽部でトランペットを吹いていた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?