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阿部凌大
2023年1月29日 12:47
いつまでも降り続いていた蝉時雨の音もようやく止んでくれ、これでしばらくは肌を優しく包み込むような秋の空気に寄り添っていられると思ったのも束の間、すぐに冷たい木枯らしが身を震わせる。その乾いた風にはもう既に、秋という季節特有の、柔らかでいてどこか感傷的な、ふっと短い息を吐かせ、その場に立ち止まらせるような匂いは、含まれていないのだった。 幼少期の頃、もっとこの秋という季節が長かったはずだという感
2023年1月28日 15:09
胸を張って魔法少女と名乗れなくなったのは、いつからだっただろう。 35歳になっていた私は、ようやく魔法少女を辞めた。 私の無理を通す形で、私達家族は新しい町に引っ越した。 一軒家を借りての新生活。夫の通勤時間は長くなり、息子に至っては小学校を転校させてしまった。友達付き合いがあまり上手くいっていないから転校はむしろ嬉しいと、飛び跳ねるように喜ぶ息子の姿を見て私は本当に申し訳なく思った。
2023年1月25日 01:34
大人はわざわざ地面なんて凝視しないのだから、夏の朝、公園にてその虫を少年が見つけたのはもはや当然のことだった。 なにやら小さな丸がころころ転がっているぞと、少年はまず思った。見ればその小さな泥団子のようなそれを、一匹の虫が後ろ足で一生懸命に転がしているのだった。前足でしっかりと踏ん張り、ほとんど逆立ちのような姿勢となって、既に自分の身体よりもいくらか大きくなった団子を転がしており、しかもその団
2023年1月22日 17:27
飲むだけで人間ドッグから治療まで! そんなネット広告の謳い文句に釣られ、私が購入したのは、「飲む病院」なる商品だった。 部屋に届き、梱包を解くと出てきたのは正に病院を縮小したような見た目の白い箱であり、それは同時に救急箱のような形もしていた。 箱を開くと中には、個包装された小さな袋が数え切れないほどに入っていた。試しにいくつか手に取ってみると、そこには「カプセル麻酔医」だの「カプセル看護
2023年1月18日 17:28
その神社は、訪れるたびに形を変える。 そして百度参れば、どんな願いでも一つだけ、叶えることが出来る。 たとえそれが世の理を大きく外れたもので、あったとしても。 その神社は人里離れた土地にそびえる小高い山の、その麓にひっそりと佇んでいた。 生い茂る木々の枝葉や影に隠されるように、神社へと続く細長い石階段は伸びていた。階段の表面は苔に覆われ、触れずともその湿り気が分かる。 私は一つ息を吐
2023年1月20日 18:10
「んー、り、り、り、リピート」「永久(とわ)」「わ、わ、輪っか」「回転ドア」「あ、あ、朝!」「再読」「繰り返し!」 しりとりはそんな風に、僕の部屋でいつまでだって続いていく。くだらないことだと思うかもしれないが、今や僕の部屋にあるテレビも冷蔵庫もエアコンだって全部、このしりとりによって動いているのだ。 沢山の物でひしめき合うような僕の部屋の中でも、ひときわ異彩を放つその巨大な機械。
2023年1月21日 17:12
その星との定期連絡は途絶え、私達を乗せた宇宙船は進んでいた。「我々が迂回しながら進んでいたためにすれ違いこそしませんでしたが、何やら塵かガスのようなものがあの星の方向から、地球の方へと向かっていった模様です」「あの星からの脱出船の類ではないのか」「いいえ、そこまで大きくはありません」 未だ直接的な行き交いなどは無かったものの、幾度もの通信から、お互いの星はかなり環境や科学力など、近い位置