カフェオレと塩浦くん #33
まだ、塩浦くんを助け出す算段は始まったばかりだ。
もしこれが失敗すれば、私は会社にはいられないし、東条から狙われる可能性だってある。
だけども、そんな自分の将来よりも、自分の弱さとわがままによって理不尽な目にあっている塩浦くんを見捨てるほうが何倍も辛かった。
今回、加藤さんにこのことを話したのは賭けであった。
もし、彼女が東条に未だ内通していたとしたら、私はこの時点で終わっていたかもしれない。
だけれども、私は彼女の強い目を見て、きっと大丈夫だと信じ込んだ。
気づけば、私の手の震えはぴたりと止まっていた。
◆
「パスコードはssmedzinzi1998だそうです」
加藤さんその通知が来たのは、ちょうど私がお昼を上がろうとしていた時間であった。
私はすぐさま通知を開くと、その画面をスクリーンショットし、加藤さんとのやりとりの画面を非表示にした。
あれからちょうど1週間後のことであった。
パスコードを手に入れた嬉しさもあったが、その嬉しさもすぐに冷め、私の思考は次の段階へと進んでいた。
午後の3時頃、ちょうど営業フロアが閑散とし始めたところを狙って、私はこそこそとパソコンの社外秘フォルダへとアクセスする。
インターネットがこれだけ普及しているというのに、この会社は情報管理に関して詳しく扱える専門家がいないせいか、強固な管理システムを導入しているわけでもなく、既存のOSに組み込まれているフォルダ管理機能にパスコードを一つ設定しているだけの杜撰なものであった。
私は全社共通の書類フォルダへとアクセスし、人事部の履歴書が保管されたフォルダへとたどり着く。
フォルダをクリックする「ssmedzinzi1998」と打ち込むと、パスワードが解除され、フォルダを開くことが出来た。
するとそこには名前の順に整頓されたデータ化された履歴書が200枚ほど並んでいる。
いったん私はパソコンの画面を消灯させ、再度あたりを見回す。
相変わらず事務のパソコンのキーボードを叩く音しか聞こえないことを確認すると、私は再度パソコンの画面を起動させ、履歴書を一枚ずつ確認していく。
それにしてもすごい量である。
数年前に退職した社員の物も含まれており、ここから探し出すのに時間がかかるかとため息を吐き出したが、幸いにもデータにはきちんと履歴書ごとに名前で登録されており、一覧表示に切り替えると、ずらりと名前の順に履歴書が並んだ。
私は下へ下へとスクロールし、タ行を探していく。
「東条……東条……」
私はぼそぼそと呟きながら一つ一つを確認していく。
「あった……!」
私は「東条 匡」と書かれたファイルをクリックすると、彼の履歴書が画面に表示された。
それと同時に、ガチャリの営業フロアの扉が空いた。
重い足跡に、渋い声のため息が近づいてくる。
私は急いでその履歴書の職歴部分だけを確認する。
「調子はどうだね上井。体調は戻ったか?」
「は、はい!三城部長……ご心配おかけしてすいません」
「それならいいんだ。サポートのほう、頼むよ」
三城部長は私の肩を軽く叩き、自分のデスクへと戻ていった。
間一髪、管理フォルダを閉じることが出来たことに焦りを覚え、一度深呼吸をした。
そして何事もなかったかのように通常業務へと戻る。
私は忘れぬよう、自身のメモ帳に「レクレアール証券」と書き、ホッと肩を撫でおろした。
時間というのは追えば追うほどにゆっくりと進み、私はいまかいまかと定時を待ち侘びた。
時計の針がぴたりと6を指したところで、私は急いで帰り支度をはじめ、そそくさと営業フロアの扉を開けた。
すると、そこには営業から帰ってきた東条がいて、私は運悪く彼と鉢合わせてしまった。
「お疲れ、上井さん」
彼は私に微笑みかける。
その張り付いたような笑顔に、私は猫のような細く切れ長のきつい目線をおくりかえす。
小さな攻防はお互いの空気をぴりぴりと緊張させた。
私はそのまま1階まで降りるためにエレベーターへと乗ったが、乗った直後に張っていた肩の緊張が取れ、どっと鉛のような疲れが圧し掛かってきた。
(つづく)
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