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カフェオレと塩浦くん #34

 今日ほど帰路が重く、されど待ち遠しかったことは感じたことがない。

 私は家に到着するや否や、来ていた服を脱ぎすて、柔らかな着慣れた部屋着へと着替えた。
 いつもならすぐさま落とす化粧も、今日はなんだかそれを取っ払うのも面倒になっている。

 私はバッグからスマホとメモ帳を取り出すと、ごろんとベッドにうつ伏せになり、メモをした「レクレアール証券」という言葉を検索エンジンに打ち込む。

 すると、真っ先にその該当の証券会社のホームページがヒットした。
 そのホームページを開き、会社概要の欄へと進む。

 横文字の会社であったので、どこかの出来て間もないベンチャー企業かなとばかり思っていたが、そんなことはなく、規模は小さいものの創立してから30年近く経っている古株の会社であった。
 私はその会社の住所と電話番号をメモし、そのページを閉じる。

 次やるべきことは……接触であった。
 それも会えるかどうかもよくわからず、情報を持っているかいないかも不明な人物だ。
 その人物に会うにはどうするべきだろうかと、私は小さな脳みそを捻りに捻った。

 そして一つの方法を思いつく。
 初歩的かもしれないが、一番効果的かも知れない。

 私はペンと便箋を引出からだし、思いついた文章を一気に書き始める。
そして出来上がった2枚の手紙を折り畳み、白い封筒の中に入れ、封をした。

 私は「ふぅ」と一息つき、時計をちらりと見ると、時刻はすでに9時を過ぎようとしていた。
 そこでようやく私は体を動かす気になり、さっさと化粧を落とし、シャワーを浴びた。

 いつもであれば、シャワーを浴びた後はご飯を食べたり、本を読んだり、ネットで映画を見たりしているのだが、今日は何をしても考え事が頭から離れずに、早めにベッドに横になった。

 消灯し、暗くなった天井に塩浦くんの笑顔を映し出す。
 鮮明には映らずに、それはふわっと煙のように消え、それでも懲りずに私はまた塩浦くんを映し出した。

 物事が上手く進んでほしいと思う反面、誰かに悟られてはいけないという恐怖心が私の心に寄り添ってくる。
 この霧がかかったような未来が私の焦燥感を掻き立てるが、そんなことに負けてはられないと、私はぎゅっと目を閉じた。

「三城部長、2月25日にお休みを頂きます」

 私は震える口をマスクで隠しながら、有給申請書を提出した。
 少しの沈黙が手汗をにじませたが、特に理由も聞かず三城はポンと判子を押した。

「ありがとうございます」

 私は三城部長にぺこりと頭を下げると、自分のデスクへと向かった。
 ふぅと一息小さなため息をついた。

 私は手持ちのスケジュール表に2月25日の予定を書き込み、意識を通常業務へと戻すと、私はカタカタとパソコンを打ち始める。

 決行の日が私の心を嫌にくすぐり、そわそわとさせた。
 未だ塩浦くんからメッセージは帰ってこない。

 頭にこびりつく心配が私の背中を擦ったようにも思えた。

 (つづく)
※これまでのあらすじはこちらから

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