カフェオレと塩浦くん #11
「申し訳ないです。繁忙期で仕事が抜けられそうにありません。もう少しだけ待っててください」
その一通の連絡に私は落胆した。
あれから1か月後の12月23日のことであった。
お互いは日々の多忙に追われながら、なかなか時間を作れずに過ごし、気づけばクリスマス間近になってしまった。
私は小さな茶色い紙袋を持ちながら、一人でカフェの窓際のテーブル席に座っている。
食事を取る時間を作れればよかったのだが、年末というのはどうも忙しいようで、そんな時間も作れそうにない。
結局のところ、塩浦くんとは仕事終わりにカフェで落ち合おうということになっていた。
かれこれ、私は1時間同じ椅子に座り続けている。
最初は本が読めるからいいやなんて考えていたけど、どうも目が疲れてきたようで、文字に焦点が合わなくなってきている。
これはだめだとコーヒーカップに口を付けたが、その中身もすっかり冷めきっていた。
仕事というのは、なぜこうも間が悪くやってくるのであろうか。
私はスマホの彼とのやり取りを眺めがら、ただぼーっと指でスクロールしていた。
―――30分が刻々と過ぎてゆく。
彼の仕事がようやく終わり、こちらへ向かいますという連絡が入った。
私はそっけない振りをして「お疲れさま。待ってるね」とだけ返信を返した。
本当はああだこうだ言ってやりたい。
なんでこんなに待たせるんだって言ってやりたい。
それでもそんな私に潜む子供心を、私が育てた理性が優しく頭を撫でて 「彼も頑張ってるのよ」と諌めた。
それから20分後、彼は慌てた様子で私の前に現れた。
「申し訳ないです。長らくお待たせしてしまって」
「ううん、待ってないから大丈夫」
私は少しだけ拗ねてみた。
小さな反抗を大人げなく彼に向けたのだ。
彼は運ばれてきたアイスコーヒーを飲むと、「ふぅ」と一息ついた。
「上井さん」
「なに?」
私はぶっきらぼうな口調で答える。
「はい、これ。一日早いですけど、メリークリスマス」
そういうと彼は小さな紙袋を私に渡した。
「ありがとう」とお礼を言い、私は紙袋の中身を取り出す。
そこには小さな手のひらサイズの紙包みが2つ入っていて、なんだろうと中身を取り出すとそこには社員証をいれるためのこげ茶の革製のケースが保証書とともに同封されていた。
「わぁ、ありがとう」
私は思わず声を上げた。
先ほどまでのぶっきらぼうな私は一体何を期待していたのだろうか。
「少しだけ擦り切れているように見えたので。多分私が入社した当時から同じもの使われてるのかなって思いまして」
彼はてへへと笑った。
その笑顔はどこか照れ臭さを隠すような仕草をしていて、それを見た私まで少し照れ臭くなってしまった。
彼はいったい、いつから私の社員証のことなど気にしていたのだろうか。
私はカバンから今使っている名札ケースを取り出し、中にある社員証を抜くと彼からもらった革のケースの中へと入れた。
空になった水色の名札ケースをよく見ると、その角は擦り切れていて、ところどころ黒く汚れている。
「あぁ、もう7年も経つんだな」と私は入社時に買ったこの名札ケースを見て当時のことを少しだけ思い出した。
「適当に雑貨屋で買ったものだったけど、7年も使ってたみたい」
私は使い古した名札ケースを紙袋の中へと入れる。
小さく「ありがとう」と心の中で呟いた。
「きっと上井さんに似合うと思って選んできました」
「よく名札ケースなんて見てたね。普通見ないよ、そんなとこ」
「私もすごく悩みましたよ。喜んでもらえて嬉しいです」
彼は安心したせいか、顔の表情筋が綻び、柔らかな笑顔を作った。
私は彼の笑顔にどこかホッとしたが、それと同時に緊張が襲ってきた。
私が買ったプレゼントが彼に合うものなのだろうかと不安になったのだ。
「はいこれ」
私の手が少しだけ緊張し、硬直する。
小さな青い紙袋を彼の前に差し出した。
(つづく)
※第1話はこちらから
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