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【短編小説】塩を入れる。そして砂糖をぶち撒ける。
カタン。
紅音は塩を煮物に入れ、それを元の場所に戻す。
それが運悪く、隣に置いてあった砂糖に指が当たった。
その拍子に、塩と砂糖の入れ物がガシャンと床へ落ちる。
キッチンに敷かれたカーペットが真白くなり、私は慌てて腰をおろした。
紅音はしゃがみこんだまま、「えっとえっと」と戸惑うように呟く。
口はあわあわと忙しなく動くが、目はじっとその白くなった床をじっと見つめている。
次第に思考が冷え、だんだんと落ち着きが彼女に身にまとうと、不思議なもので、紅音は塩と砂糖から目が離せなくなってしまった。
塩と砂糖。
味は両極端なはずなのに、見れば見るほどにまったく同じの白い砂粒である。
舐めればわかるものなのかと、紅音は人差し指をその白い砂山に突っ込み、その腹についたものをぺろりと舐める。
やや、砂糖が優勢。時々、塩が追い駆ける。
塩と砂糖が見事に入り混じっていると紅音は感心した。
ふと、紅音の脳裏に双子の妹の碧音の顔が映る。
彼女はいったい、今何をしているのだろうか。
よくよく見れば全く違う塩と砂糖も、床にぶちまけてしまえば、どれが塩と砂糖なのかはわからない。
紅音と碧音はそうやってよく間違えられた。
双子だからと言って、瓜二つなのは姿形だけであって、知能も思考も性格も、それはまるで正反対なものなのだ。
紅音は学生時代の頃、陸上部に入部していた。
華が咲くような実績を出したわけではないが、それなりには活発で、明るい友達が多かった。
碧音は真逆の美術部に入部していた。
静かに黙々と美術室にこもっては絵を描き続け、自宅の自室でも絵を描いていたせいか、友達なんてものはいなかった。
絵を描くことよりも言葉優位な紅音と、言葉足らずの色彩優位な碧音は、双子という鎖で縛られていることに甚だ迷惑していた。
特に紅音にとっては、とても陰湿な碧音が目の上の瘤で、絵が描けない私はよく、妹を比較され馬鹿にされていた。
今でも碧音のように絵は描けないが、紅音はそれで特に困ったことはない。
お互い、大学は別の進路を辿った。
紅音は都内の大学へ、碧音は芸術の大学へ。
それからというもの、双子という鎖から解き放たれた紅音は自由気ままに自分という存在を謳歌した。
それから、紅音は一般企業に入社した。
日々は忙しなく過ぎていき、満員電車に揺られ毎日が過ぎていく。
気づけば大学時代の薄っぺらい友達たちは私の周りから消えていて、SNSを見れば「結婚しました」なんて祝いたくもないお知らせだけが毎月のように流れてくる。
いつしか、紅音は孤独になっていた。
火をつけたまま煮物がコトコトと、鍋の蓋の淵から小さな泡を吹きだしている。
塩と砂糖が散らばる床をそのままに、紅音はキッチンの壁に背をもたれ、体育座りのまま頭を丸め蹲った。
時刻はすでに21時を回っている。
あと3時間で、紅音は30歳を迎える。
すると、冷蔵庫に貼っていた一枚の絵葉書がひらひらと舞い、塩と砂糖の上にふわりと落ちた。
紅音はそれに気づき、写真を拾い上げる。
そこには碧音が映っていた。
去年の秋ごろに送られてきた絵葉書で、そこには碧音と、彼女の周りを囲む外国人の姿が映っている。
どこかのアトリエで撮られた写真のようで、彼女は満面な笑みを浮かべていた。
宛先を見ると、"イタリアより"と英字筆記体で書かれていた。
決して混じることのない塩と砂糖。
私は床を白く染めた塩と砂糖を見ながら、「こんなはずじゃなかったのに」と呟いた。
紅音が30歳を迎えるということは、碧音も30歳を迎えるということになる。
あんなにも双子を嫌いだったはずなのに、いつしかそれすらも愛おしく感じるほどに、紅音はその鎖を抱きしめていた。
ポケットにしまったスマホを取り出し、碧音に「もう私たち30歳だね。誕生日おめでとう」と送った。
見てほしいはずのメッセージを、紅音は既読になるのをひどく怖がった。
そんな憂惧も案外杞憂だったもので、メッセージはすぐさま返ってきた。
「そうだねお姉ちゃん。誕生日おめでとう。心の底から幸せを願ってるよ」
紅音はそのメッセージに泣いた。
あんなに鬱陶しかった双子も、今ではこんなにも求めている。
それは二つで一つとして成り立つような、そんな存在であったことを紅音は今更に感じた。
思わず紅音は涙ながらに「ふふ」と笑う。
そして、碧音にメッセージを返した。
「私たち、塩と砂糖みたいだね」って。
おわり
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【読み方】
紅音:あかね
碧音:あおね
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