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カフェオレと塩浦くん #14

 私は人だかりというものが苦手だ。
 それは行列やテーマパークだけに限ったことではない。

「それでは我が社の前進を祝して、乾杯!」

 専務が新年会の嚆矢となる挨拶の声を上げた。
 社員たちはそれに倣い、シャンパングラスを掲げると、「乾杯」と合唱した。
 私は近くにいた加藤さんとカチンとグラスを合わせ、小さく乾杯と呟いた。

 年の初めから早いもので1ヶ月が経ち、あれだけ盛大であった新年の祝杯はたちまちにいつかの幻想のように消え去ったいつもの2月が訪れた。
 寒さは相変わらず私の薄い肌を刺し、まったくもって不愉快な季節だと私は寒空へ罵っていた。

 そんなものだから、私の機嫌というのは少しばかり良くない。
 そればかりか、休日だというのに、給料も出ない会社の行事に参加させられていることがまるで掛け算のように私へのストレスを割り増しさせた。

「上井さん、東条さんってどうです?」
 加藤さんがアルコールで少し頬を赤く染めながら、私に話しかけた。

「思ったよりも落ち着いた人だったよ。最初はチャラそうだなって思ってたけど」
「いいですね。ギャップ好きですよ、私」
「それは私も否定しないよ」

 私は和やかな時間を過ごした。
 ビュッフェ形式で彩られた食事はどれも一級品の食事であり、パスタやピザ、ローストビーフや寿司にいたるまでが綺麗に並んでいる。
 それを一皿にちょこちょこと持っていき、私は満足げな顔をして丸テーブルへと向かった。

 椅子に座り、食事の前で「いただきます」とお行儀よく手を合わせる。
 フォークとナイフを握り、ローストビーフを一口大に切り分け、それを口の中へと頬張った。

 甘い肉汁と旨味の歯ごたえが私の口で溶け合い、その香りが鼻を抜ける。
先ほどまでの休日を潰されたという不快感はたった一口の食事によって吹き飛ばされた。
 赤ワインとともに頂いているとすっかりそれを持ったお皿は真っ新になり、私はまた別の食事を取りに行った。

 そんなことを繰り返していると、1時間ほどで腹は膨れてしまった。
 私はちびちびとお酒ながら、静かに席に座っている。

 周りを見渡すと、仲の良い人たちがいつもの良いに集まりお酒を片手に談笑している。

 私は不思議と、塩浦くんがどこにいるのだろうと目を追っていた。

 彼は私からテーブルを一つ挟んだ場所にいて、三城部長と話をしている様子だった。
 そして彼のそばには加藤さんが引っ付くように近づいていて、話を合わせるように笑いあっていた。

 私はそんな姿を見て、わがままな嫉妬心を抱いた。

 これが自分勝手なものだとはわかっていても、どうもそれを止めることは出来ない。
 そんな子供のような自分がいたたまれなくなり、私はワイングラスの底に残った白ワインを一気に喉の奥へと流し込む。

「はぁ」と情けないため息をだすと、ふいに肩をポンポンと優しく叩かれた。
振り返ると、そこには東条さんが立っていた。

「大丈夫ですか?」
 彼は隣にあった椅子を引き、私の席の隣に座る。

「はい、大丈夫です」
「結構飲まれるんですね」

「そんなでもないです。ちょっぴり嗜む程度ですよ。」
「あまり無理をすると体調に響きますよ」

 そういうと東条さんは水の入ったコップを差し出した。
「ありがとうございます」
「これぐらいして当然ですよ」

 私はその水を受け取り、ゆっくりと口をつけると乾いた喉を潤した。
 少しだけ、彼の優しさが心にしみる。

「上井さんは入社して何年ぐらい経つんですか?」
「新卒入社だから……もう7年ぐらい経ちますね」

「7年……ってことは私と同い年じゃないですか」
「え、そうなんですか?」
「私も今29ですよ。新卒の時は証券会社に入社して、中途でこの会社に来ましたからね」

 私は驚いた。
 てっきり年上とばかり思っていた人が、同じ年齢だったことに衝撃を受け、それはどこからともなく彼に親近感を覚えさせた。

「すっかり年上とばっかり思ってました」
「ひどいですよ上井さん。私もまだあなたと一緒で若いですよ」

「若いだなんて……30手前はもう若いって言わないんですよ」
「そうですか?私には魅力的に映りますよ」

 恥じらいもなく東条さんは面と向かって私を褒める。
 簡単に浮かれてはいけないともいながらも、どこか本能をくすぐるような言葉にどうも嬉しさと恥ずかしさを堰き止めることは出来なかった。

 東条さんを私は少しばかり誤解していた気がする。
 チャラいとばかり思っていたが、実際にゆっくりと話をしてみれば、とても口調は丁寧で、物腰が柔らかく、紳士的であった。

 私の話には笑ってくれて、彼はそれにきちんと耳を傾けてくれる。
 私はその場を動かずに1時間ほど、彼と話し込んでしまった。

 腕時計を見ればすでに20時20分を指していた。
 閉幕の時間が近づき、みながそわそわとし始める。

「楽しかったですよ。ありがとうございます。これからも仕事を教えて頂けると大変助かります」
「こちらこそ、ありがとうございます。私ばっかりが話してしまって申し訳ないです」

「いえいえ、上井さんのお話が聞けて楽しかったですよ。よかったら連絡先教えてくれませんか?」
「いいですよ」

 私の思考力はすでにお酒と雰囲気にのまれ、言われるがままに東条さんと連絡先を交換した。

「ありがとうございます。それでは、私も自分の席に戻りますね」
 そういうとぺこりとお礼をして、元居た席へと戻っていった。

 私はすっかり酔いが回り、彼と話していたおかげか少しばかり気持ちが昂っていた。
 そんな余熱(ほとぼり)を冷ますように、コップに水を注ぎこみ、体の中へと流し込んだ。

 水が私に冷静さを取り戻させていく。

 ちらりと私は周りを見渡す。
 皆の視線は閉幕の挨拶を述べる常務に集まっていた。

 その中に、ほんの一瞬視線を感じた。
 ちらりとそちらのほうを見ると、少しばかり寂しく目を細めた塩浦くんが見えた。

 頭を傾げ、ほんの少し下を向けていて、それが俯いているようにも見える。
その彼の表情に、私の心は奥をちくりと針で刺したような痛みが走った。

 (つづく)
※第1話はこちらから

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