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カフェオレと塩浦くん #41


 後藤会長の見立て通り、今回の騒動はどうも東条一人で動いたものではないそうだ。

「調べさせてもらったが、君の会社の三城という人物はどうも"明智大"卒業みたいじゃないか。海崎が同じ大学の同期生みたいでな、しかも同じ政経学科のゼミ生だったことがわかったよ」

「え……それって……」

「あぁ、三城と海崎は繋がっている。大学の旧友というやつだな。2人で大学時代はサークルなんか立ち上げてこそこそと小銭稼ぎみたいなこともしていたようだよ」
 そして、後藤会長は資料をめくり、言葉を続ける。

「今回の転職は多分海崎が三城に斡旋しているのだろう。だからすんなりと入社できた。まぁ多分東条のことだからそんな斡旋を受けなくても普通にどこでも入社は出来るんじゃないかと思うが、好待遇に誘われたんだろうなきっと」

「それじゃあ……今回の人事の対応も……」

「あぁ、きっと三城が絡んでいる。きっと東条がある程度計画していたんじゃないかな。三城という人物がどういう人物だかはわからんが、今回のターゲットでは、上井さんではなくきっと塩浦くんだったのだろうな。君はそのためのダシとして使われた可能性が高い。まぁ、東条は営業成績を残していた塩浦くんを邪魔出来て、なおかつ君を手に入れられる。ずる賢いが、一石二鳥であることは間違いない。きっと君の会社の営業部にもなんらかの事情があるはずだ」

 私はごくりと唾をのんだ。
 確証はない。
 確証はないが、後藤会長はそれを真実と思わせるほどの説得力を有していた。

「あ、あの……後藤会長」
「なんだい?」
「ここまで調べてくださってありがとうございます。ですが……」

 私はふいに黙ってしまった。
 そして机の下で拳を握る。

「私にはこれ以上何もできません……今のことを進言したところで聞いてもらえるのかが凄く不安です」

 アイスコーヒーの氷がカランと鳴る。
 それは私の中の悲しさを反響させた音のようであった。

「たしかに……一般社員で事務の君には少し難しいかもしれないな」

 後藤会長の言葉に私はがっくりと肩を落とす。
 会社内の肩書とは、結局のところ組織内での権力を意味しており、ただ毎日の日々の業務に追われているだけの私というのはいかに小さな組織の歯車なんだと思い知らされた。

 だからこそ、私にできることはするべきだし、出来ないことは全力でお願いしなければならない。
 運命が結んだ糸をほどかぬよう、私は思考を巡らせた。

「後藤会長、正直なところ私は自分の無力さを痛いほどわかっています。私がこの資料を持って行って、東条と三城部長に叩きつけられたところで"妄言だ"と撥ね退けられるでしょう。最悪もっとひどい目に合うかもしれません。だからこそ後藤会長のお力を借りたいのです。お願いします」

 私は頭を下げ、テーブルに額をこすりつけた。
 私にできることなんて、全力でお願いするほかないのだ。

 心の底から、助けてほしいと懇願するなど、私の人生で初めてかもしれない。
 私は頭を下げている間、自分でも驚くほど雑念が消えていた。

「まぁまぁ、頭を上げてくれ上井さん。女性にそんなに頭を下げられると私もどうしようもないじゃないか」
 それでも私は懲りずに「お願いします」と頭を下げる。

「わかったわかった。私も出来る限りのことはするから、頭を上げてくれんか」

 後藤会長はおろおろとしはじめ、私の肩を叩く。
 私はそこでようやく頭を上げた。

 俯いている間、目を瞑っていたせいか、目の淵のほうにちかちかと蛍火のようなものが飛び、少しだけ眩暈を覚えた。
 後藤会長はコホンと咳ばらいをする。

「上井さん。これも何かの縁だ。私に出来ることは出来る限りしよう。これは私の責任でもあるからな。だが、私にも出来ないことはある。そこは任せてもいいかい?」

 後藤会長はにっこりと笑う。
 私はそれに対して「はい!」とまるで無邪気な子供のように元気よく答えた。

「いいかい。私はこれから三城と海崎、東条の3者の繋がりを調べる。だから君には、君が被害を受けた当日の証拠を集めてほしいんだ。君にとっては心に深い傷を負っているかもしれないことだし、嫌な記憶を思い出させることになる。だから無理にとは言わない。出来ないなら出来ないと言ってくれ。上井さん、それは君の判断に任せるよ」

 その目つきは優しくとも冷酷ともとらえられる眼であった。

 経験の差というものなのだろうか。
 後藤会長はきっと自分が藻掻き苦しむほどの悔しさや、圧し潰されそうな苦痛を耐え抜いた過去があるからこそ、私のつらい記憶を呼び覚ますことを無理強いはしないし、ましてや踏み入ろうともしない。

 だが、あくまでもこの一件は私がすべてを握っていることを暗に伝え、これ以上進むか止まるかは君次第だと委ねられた。

 私は口ももごもごと動かし、そしてゆっくりと開ける。
 答えはもう決まっていた。

「私は―――」
 きっと、私は強くなったはずだ。

 (つづく)
※これまでのあらすじはこちらから

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