カフェオレと塩浦くん #36
「東条さんは……女性問題で辞めております」
佐々木の声が少しだけ震えていたように思えた。
私はやっぱりとため息をついた。
「すいません。私からはこれ以上んことを、上井さんにお伝えすることが出来ないのです」
私は「っえ」と音をひっこめたような声が喉から出る。
「なにか……あるんですか?」
「あ、はい……。実際本日人事の責任者はいるのですが、東条さんについては口外禁止だと言われているんです。だから今回は嘘をついてお会いしてるんです」
「それはまた……どうして」
「すいません。それは私にもわからないんです。上井さん、気を付けてくださいね。あまり彼については詮索しないほうがいですよ」
佐々木は涙目で訴えた。
私はその気迫に、たじろぎ、少しだけ俯いてしまった。
一生懸命に書いた手紙も「受け取れません」と突き返されてしまった。
私は自分の無力さに涙がこみ上げてきたが、ぐっとそれを我慢するように手の平に爪を立てる。
「気をつけてくださいね。名刺にメールアドレスは書いてあるので、出来る限りのことはお答えします。困ったらご連絡ください」
そういうと、個室のドアを開けられ、出口まで佐々木が同行する。
その間は沈黙であった。
出口まで到着すると、「本日はありがとうございます」と佐々木が頭を下げ、それに倣い私も頭を下げた。
声は出なかった。
悔しさと虚しさに私は声を奪われていた。
横目に掃除をしているおじさんに映ったが、顔を合わせることもできず、私はその場を後にするとエレベーターではなく、女子トイレへと向かった。
ガチャンと個室に鍵をかける。
ハンカチを目がしらに抑え、声を殺して私は泣いた。
悲しいだとか傷つけられただとかそういうのではなく、ただただ私は虚しかったのだ。
こんなにも本気で向かっても、思い通りにいかないことなんてごまんとある。
そんなこと幾度と経験しているはずなのに、どうしても塩浦くんの顔がよぎると、私は自分の感情を抑えられなくなっていた。
ひとしきり泣いた後でトイレの鏡を見ると、目の周りが涙のせいで崩れていた。
なんてだらしない顔をしているんだろうと、バッグから化粧ポーチを抜き出し、慣れた手つきでぱっぱと元の形に戻していく。
個室には15分ほどいただろうか。
トイレからでて、先ほどの会社のほうを振り向くが、すでにもう誰もいない。
それもそうだよなと、私はトボトボとエレベーターへ向かった。
1階へ行くために下降のボタンを押し、じっとエレベータが到着するのを待つ。
その間ずっと、俯き加減のままスマホをいじる。
ものの数分でエレベーターが到着した合図が光り、静かにドアが開いた。
私が一歩踏み出し、エレベーターに乗り込もうとしたその瞬間、「お嬢さん、ちょっとまって」呼び止められた。
私はドアの前で立ち止まり、声のするほうへ振り向いた。
するとそこには先ほど入り口を清掃していたおじさんが立っていた。
私はなんでこの人に呼び止められたんだと口を開こうとしたが、それよりも先におじさんの口が開く。
「東条のことだろう?」
その言葉に私の体が硬直した。
このおじさんはなぜそのことを知っていて、いったい何者なのだろうと不安と疑問がふつふつとわく。
「このビルの隣に喫茶店がある。そこに16時頃に行くから待っててもらえるかい?」
おじさんはにっこりと笑った。
(つづく)
※前半のあらすじはこちらから
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