三人展《シェイクスピアの妹たちの部屋》|屋根裏部屋|花モト・トモコ
屋根裏部屋には過去と未来が詰まっている。
日常と切り離されたその特別な部屋は、追憶と希望、そして恐れと憧れがごちゃまぜになった感情をひとりじめできる空間なのだ。
子供の頃親しんだ英国の児童文学には、いつも屋根裏部屋が登場した。
それは、秘密のアジトであったり、主人公の冒険の始まりを告げる扉であったり、はたまた行き場のないヒロインが追いやられる場であったりもして、見たことのないその不思議な空間に心を躍らせたものだった。
いずれにせよ屋根裏部屋が、誰にも侵犯されない自分ひとりの部屋であることは間違いなかった。
花モト・トモコが様々な技法とマチエールを組み合わせて創り上げた切絵作品。そこには描かれたモノの物質的なリアリティとファンタジックな空想が、同時に存在している。
屋根裏部屋に積み上げられたトランクは、持ち主と共に世界中を巡り旅をしてきたのかもしれない。個性的なトランクをひとつひとつ開けることで、封印された時間や空間の記憶を紐解いてみるのも楽しい。
屋根裏部屋は秘密を隠しておくのにもってこいの場所である。
内に秘めた情熱を、真赤なネイルで発散させる。誰かに見せるためではなく、自分自身を鼓舞するために、赤をまとう。誰にでも自分に似合う赤があるから、自分だけの赤が見つかるまで何度でも試してみる。
それができるのは、他に誰もいない自分ひとりの空間だから。
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花モトはまるで暗号のように、一輪の黒薔薇を屋根裏部屋にそっと残しておいた。誰かに捧げられたその美しい花はいまそこに置かれたかのように瑞々しく息づき、黒いリボンと金の縁取りのカードは永遠の愛を約束する。
わずかに画面から浮き出た切絵の手法は、背景の幾何学的な薄墨のテキスタイルとのコントラストが素晴らしい。広告やパッケージなど商業デザインでも活躍する花モトの真骨頂と言えるだろう。
屋根裏部屋はロマンティックなだけではない。
小公女セーラの境遇が急転直下した時に、与えられたのは屋根裏部屋であった。実際の歴史上でも、女性の使用人や移民など弱い立場の人々の日々の暮らしを屋根裏部屋が支えてきた。
女性がまだ自分だけの時間と空間を持てなかった時代から、屋根裏部屋は彼女たちの心強い味方だったのだ。
ヴァージニア・ウルフが『私ひとりの部屋』で語ったのは、女性がものを書くということの困難さとそれを克服したのちの可能性である。
経済力とひとりになれる場所を確保することで、精神は自由闊達に自立できる。そうすればかつて志を遂げることができず果てたシェイクスピアの妹も、時代を超えて現在の我々の中に蘇り、創造の徒に加わることができるに違いない。
屋根裏部屋から、書斎から、全ての自分ひとりの部屋から、シェイクスピアの妹たちは想像の翼を羽ばたかせる。
それはひとつの大きなうねりとなり、あらゆる束縛と枷を振り切って、まだ誰も読んだことのない新しい物語を生み出すだろう。
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作家名|花モト・トモコ
作品名|Memories of the trip
水彩絵具・アクリル絵具・インク・水彩紙・ボール紙・ジェッソ
作品サイズ|33.6cm×26cm
額込みサイズ|44cm×36.4cm
制作年|2018年(アーカイヴ作品)
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作家名|花モト・トモコ
作品名|Red Nail Holic
色鉛筆・鉛筆・水彩絵具・水彩紙
作品サイズ|28.8cm×20cm
額込みサイズ|39.5cm×30.4cm
制作年|2020年(アーカイヴ作品)
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作家名|花モト・トモコ
作品名|Black Rose
色鉛筆・鉛筆・水彩絵具・アクリル絵具・水彩紙
作品サイズ|28.8cm×20cm
額込みサイズ|39.5cm×30.4cm
制作年|2019年(アーカイヴ作品)
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