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三人展《シェイクスピアの妹たちの部屋》|ティルーム|Miss Moppet Dolls

 新鮮な水をたっぷりとケトルに汲んでお湯を沸かす。その間にお気に入りのティカップ&ソーサーを用意。今日の茶葉はどれにしよう。ラプサンスーチョンの気分ではない。もっと柑橘系の、そうだレディグレイがいい。
 威勢良く沸騰を告げる合図を聞いて、まずはポットとカップを温める。それから十分に沸き立ったお湯を茶葉に注ぎ、ジャンピングを確認してから蓋をして、待つこと3分。
 ティカップに注いだ水色と芳醇な香りを堪能しながら一口すすり、じっくりと思索に耽る。
 それができるのは、誰にも邪魔されない自分だけの部屋だから。

 ヴァージニア・ウルフは『私ひとりの部屋』の中で、かつて存在したであろう数多の「シェイクスピアの妹」について語った。
 ひとりの時間も空間も持てず、生活に追われてあたら才能を散らした彼女たちが、もしティルームで豊かな時間を持てたならどんな作品が生まれただろう。

 ある「妹」は、ティルームに颯爽と少年装で登場する。
 少女と少年のあわいに佇むその憂いを帯びた表情は、ウルフが描いた『オーランドー』を思わせるジェンダーレスな面持ちだ。
 瀟洒なセーラー服をまとうことによって、魔法少女から華麗なる変身を遂げたその姿は、ファッションも精神も、なにものにもとらわれず自由でいいと告げてくれる。

 Miss Moppet Dollsのドールは、まるで産毛が生えていそうな柔らかい肌理が特徴である。全てが冷んやりとしたビスクでできているとは思えないほど、その体温を感じさせる表現は愛おしい。

 35cmと小振りであるが、繊細な色が施された指先や爪先は、いまにも動き出しそうな存在感に満ちている。
 描き目とグラスアイによってまた雰囲気が変わるのも、見どころだ。

 もうひとりの「妹」は、優雅で落ち着いた趣である。
 緩やかにウエーブを描くプラチナブロンドには、シックな黒いカチューシャが似合う。シルクのトワルドジュイのセットアップは、膨らんだスカートに合わせて広がるロングコートがクラシックだ。

 大人しげな外見とは裏腹に、彼女の頬は薔薇色に上気し瞳はキラキラと輝いている。唇は思いついたばかりのソネットをいまにも語り出しそう。

 一杯目の紅茶を飲み干す頃には、新しい小説や詩、新しい文学が、現代に蘇った「妹」たちから生み出されているに違いない。

 自分ひとりの部屋と経済力を手に、ティカップの海原から広い世界へ。
 我々はまだ語り始めたばかりなのだ。

Miss Moppet Dolls|人形作家 →Twitter
2013年よりビスクドールの制作を始める。2017年より恋月姫人形教室「銀の翼」在籍。2018年、2019年、Silent Music「祈りの光」展。2020年、2021年、霧とリボン「アブサンの文法」「少女の聖域」展ほか、グループ展参加多数。

高柳カヨ子|精神科医・元法医学教室助手・少女批評家 note
東京上野で生まれ育ち、東京理科大学理工学部応用生物科学科・信州大学医学部医学科卒業。法医学教室でDNA鑑定を専門とした後、精神科の臨床に進む。Bunkamuraギャラリー「新世紀少女宣言」キュレーション/『夜想ーゴス特集』インタビュー/『夜想ー少女特集』評論/『S-Fマガジンー伊藤計劃特集』アーバンギャルド論/パラボリカ・ビス「アーバンギャルド10周年記念展」キュレーション/gallery hydrangea 「『少女観音』~12人のアーティストが描く篠たまきの幽玄世界」キュレーション。
あらゆる時代と時間を超えた少女たちに捧げる少女論「少女主義宣言」をnoteにて連載中。霧とリボン運営の会員制社交クラブ《菫色連盟》にてトークサロン「少女の聖域」を主宰、「少女性」をテーマに展覧会《少女の聖域》を定期開催している。



作家名|Miss Moppet Dolls
作品名|Fair Youth

オールビスク・描き目・化繊ウィッグ等
作品サイズ|約35cm
制作年|2022年(新作)
*別ショットの画像をオンラインショップに掲載しています

作家名|Miss Moppet Dolls
作品名|Sonnets

オールビスク・グラスアイ・モヘアウィッグなど
作品サイズ|35cm
制作年|2022年(新作)

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