感情を許すということ①~怒ってもいいんだよ~
自己紹介
こんにちは。臨床心理士のかちゆみこです。
4人の子育てをしながら、おかえりセラピーSUNというオンラインセラピールームを運営しています。
今回は、「感情を許す」というテーマで書いた過去のコラムをリライトしてご紹介します。
『感情』について親が理解を深めていくことは、育児にとって、いい潤滑油になっていることを私自身、身をもって実感しています。
親が自分自身の『感情』を感じ、ケアし、理解できることは、子育てにとって、本当に大切なエッセンスです。
本能的な4つの感情
『本能的な4つの感情』とは何か!?
それは、悲しみ・恐れ・怒り・喜びです。
これらは、実は、私たちの「いのちを生かす」という大切な機能を果たしています。
だけど、育ってくる環境で、この4つの感情が安心・安全に感じられなかった時、私たちは生き抜くために『防衛』という方法を使うようになります。
『防衛』が「いい」「悪い」ではなく、「そうすることでしか生きてこれなかった」という優しい理解が、私たちに『防衛』を手放すスペースを空けてくれると思います。
頭の片隅に、自分に対するそんな優しいまなざしを向けながら、今回のコラムでは、私と私のこどもたちの事例を通して、「感情を許すってどういうことか?」一緒にみていきましょう。
「怒り」を感じないようにしてきた
本能的な4つの感情のうち、私が最も感じにくいのは「怒り」です。
皆さんは、いかがですか?
感情によって、感じやすいものと感じにくいものがあるのではないでしょうか?
私は小さい頃、すごく怖がりでした。
いつも何かに怯えて生きてきました。
癒しのプロセスの中で、私が怯えていたのは「怒りを出すこと」だったんだと、ある時、ハッと気がつきました。
「怒り」は、幼い私にとって、得体の知れない怖いものでした。
おばけや幽霊みたいに、明確な姿はわからなくて、でも、おどろおどろしく人々を恐怖に陥れる・・・
そんなもの。
小さい頃、父親や祖母から理不尽に「怒られる」ことで、たくさんたくさん傷ついてきました。
父から「しつけ」と称して、ビンタされたり、モノサシで叩かれることもありました。
祖母からは、暴言とダメ出しをさんざん受けてきました。
父親や祖母の姿をみて、幼い私は「怒り」は人を傷つける凶器だと感じてきたんだと思います。
だから、私は無意識で自分の「怒り」を隠しました。
そのやり方は、母の模倣でもありました。
おともだちに嫌なことをされても、「いや」と言えず、代わりに笑っていたこども時代。
「怒り」を抑え込んで、ないものにしようとしてきたのです。
そんな凶器が自分にもあるなんて耐えられず、自分の体からは切り離し、「感じないように」してきました。
育児によって、あぶり出された私の「怒り」
そんな私がママになると・・・隠したはずの「怒り」に向き合わざるを得なくなりました。
『インナーチャイルド=リアルチャイルド』という法則があるのですが、子育てしていると、隠してきた感情は自分のこどもたちを通して、あぶり出されます。
私の場合もそうでした。
こどもが生まれて、ママになって、”理想の子育て”をしようと張り切っていたのに、ぜっんぜんうまくいきませんでした。
ちょうど、長男・長女が2~3歳。いやいや期とも言われる頃に差し掛かるころから、私の「理想」の育児に暗雲が立ち込めました。
子どもたちの自我が芽生え始めると、私の、抑え込んだ「怒り」がときどき爆発するようになり、私自身も自分のその荒れ様に戸惑っていたのです。
私が必死で隠していた「怒り」を嫌でも感じさせる、こどもたち。
自分の感情の責任は自分にあるはずなのに、こどもたちに自分の「怒り」の責任を押しつけたいと思いました。
当時の私(長男、長女が2歳くらい)の心境を振り返ると、「怒り」の扱い方がわからず、逃げたくて逃げたくて、パニック状態だったのだと思います。
そして、抑圧した「怒り」をこどもたちに爆発させては、罪悪感に陥るというパターンを繰り返していました。
でも、自分の心の癒しと学びをするようになって初めて、このパターンは、幼い頃の心の傷によるもので、『ケア』が必要だったんだということを理解しました。
何かに怯えるインナーチャイルドへのセルフセラピー
ある朝、目を覚まし、ぼんやりとふとんの中にいるときに、何だか、体が痛くて、気持ち悪い感覚がありました。
私は、気になる感覚があると、習慣的に、その感覚を「鍵」にしてインナーチャイルドを探し、自己対話する時間をもつようにしています。
その日も体の感覚に意識を向けていくと、小さい頃、居心地悪くて、体の中から抜け出たくなった感覚と似てることに気がつきました。
それから、よ~く感じると、体がこわばり、ブルブルと震える感覚。
体の気持ち悪い感覚と、ブルブル震える感覚。
私は何を怯えているのだろう???
自分で自分に問いかけてみました。
「感じるままを感じていいよ」
「何を感じても、ママが見守ってるから、安心していいからね」
インナーチャイルドに声をかけ、体の中の繊細な動きの変化を感じてみました。
すると・・・
『こんなの、やだ!!!!!!』
『ぜっっったい、やだ!!!!!!!』
『私は、私が行きたいところに行きたい!!!!』
そんな風に、叫びたくなるチャイルドを感じます。
私の実家には「第一子は、祖父母と寝る」という家の決まりがあり、私は年子の妹が生まれてから、父母・妹たちとは寝室を分けられ、ものごころつく頃には祖父母と寝ていました。
両親と離れて寝るようになったのは、ちょうど2歳の頃です。
「本当は、お母さんの部屋に行きたかった。」
「お母さんとお父さんと一緒に寝たかった。」
それを禁じられたことをチャイルドはずっと怒りたかったんだと気づきました。
だけど、「怒り」の感情が湧いてきたら、すぐに、気持ち悪さもついてきます。
なんだろう???
さらに深く、自分の感覚を感じてみました。
しばらく、気持ち悪さも味わっていると・・・・
「あ、そっか。私は自分の怒りを認めるのがこわいんだ」と気がついたのです。
こわばる体は、怒りを出すことへの恐怖を訴えていました。
自分の意識と体の感覚が一致した瞬間。
体はふわっとゆるんでいって、涙になり、安心感が広がっていきました。
同時に、呼吸も深くなっていきます。
感情を感じることを自分に許したとき、こんな風に体がゆるんでいきます。
呼吸が深くなるのも、『癒し』が起こっているサインです。
気持ち悪かったのは、自分の意識と体の感覚がチグハグだったからなんだと、そのとき、腑に落ちました。
幼い私は、誰も保護してくれる大人が周りにいなくて、自分の中にある「怒り」をそのまま感じるのは耐えきれなかったので、その正体(怒り)は心の奥の奥に隠して、ただ、何かに怯える「恐怖」の感情をいつも、強烈に感じていたのです。
(つまり、「怒り」の感情を「恐れ」を使って防衛していたということ)
自分の怒りを恐れていた小さなわたしへ
インナーチャイルドにママとして声をかけます。
「ゆみちゃん、たくさん怒られて痛い思いをしてきたから、こんなに体がふるえるほど、怒ることがすごくすごく怖かったんだね。
ママ、気がつかなくて、ごめんね。
怒ることは、人を傷つけることじゃないよ。
本当の『怒り』は、ゆみちゃんの命と尊厳を守るものなんだよ。
だから、怒ってもいいんだよ。
『怒り』を隠さなくてもいいんだよ。
いやなことはいやって言っていいんだよ。
もう、ゆみちゃんの中の『怒り』を恐れなくていいよ。
ゆみちゃんの体にも、怒ることを許してあげてね。
ママ、ゆみちゃんが安全に「怒り」を感じられるように見守ってるから、だいじょうぶ。
一人じゃないよ。
一緒に「怒り」の安全な扱い方、学んでいこうね。」
その声かけで、体もさらにゆるんで、おなかの真ん中あたりにチカラがみなぎってくる感じを感じました。
このインナーチャイルドとの和解のプロセスを踏むことで、私に本能的なエネルギーが戻ってきたように思います。
(感情を許すということ②へつづく)
※ 2022/4/25配信CPCコラムのリライト
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