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SS【ちいさい春】#シロクマ文芸部

お題「秋が好き」から始まる物語

【ちいさい春】(944文字)

…秋が好きなの。『ちいさい秋みつけた』っていう歌もあるでしょ、あれも好き。
と彼女は言った。

 誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた…
 ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた…

…あの歌詞はサトウハチローさんの子どもの頃の記憶が元になってるんですって。幼少期に火傷を負って外で遊べなかったから、ずっと家の中から外の世界に耳を澄ませていたのね…。

 めかくし鬼さん 手のなる方へ…
 すましたお耳に かすかにしみた…
 よんでる口笛 もずの声…

僕はその歌を思い出して頭の中で再生した。昔から何気なく聞いていたけど、彼女の説明を聞いてなるほど、と思う。友だちと一緒に遊びたかったであろう幼いハチローのせつない思いが伝わってくる。

…春は匂い、夏は光、秋は音、…冬は無。
彼女がつぶやく。
…秋は音、そうだね、空気が澄んでるせいかな。

彼女が目を閉じて耳を澄ます。僕は彼女の陶器のような顔を見つめてから、同じように目を閉じる。
細く開けた窓から秋の音が聞こえる。
誰かが踏む落ち葉の音。チリリという虫の声。たどたどしいリコーダーの音色。幼子の泣き声。あやす母親の声。ヘリコプターの音。バイクのエンジン音。チチという鳥の声。風の音。

冬は無。彼女はさっきそう言った。

冬は命が消える季節。彼女はそう思っているのだろう。
僕は目を開けて彼女の顔を見た。青白くて冷たく、透明な。
温もりを確かめたくなって、そっと頬に触れる。彼女は人形のように動かない。

…冬は…無じゃないよ。
僕はまだ目を閉じている彼女に言った。彼女の頬の筋肉が微かに緊張する。

…冬は…眠りだよ。
…ほら、リスとかクマとか…たくさんの動物や植物が、眠って春を待つだろ。

彼女がうすく目を開けて僕を見る。頬に少し赤味が差している。ちいさな声で聞く。
…一緒に、クマみたいに冬眠する?
…いいよ。

…でも私、眠ったまま、ずうっと起きないかもしれないわ。
彼女はうなだれる。
…僕が起こしてあげるよ。ちいさい春を見つけてくる。

…春を待ってもいいのかしら。
僕は両手で彼女の頬をはさむ。頬が濡れている。

…誰かさんじゃなくて僕が見つけてくるよ。いい匂いの花を君にあげる。
彼女が顔を上げて微笑む。

…ほんとはね、春がいちばん好きなの。
そうつぶやいた彼女の頬は、しっとりと潤って温かい、生きている女の子の頬だった。


おわり

※『ちいさい秋みつけた』1955年
作詞:サトウハチロー
作曲:中田喜直

小牧幸助さんの『シロクマ文芸部』イベントに参加させていただきました。
ふと『ちいさい秋みつけた』を思い出したら、こうなりました。
昔の童謡はあじわい深いですね…。

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