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SS【サラの夢】#シロクマ文芸部

お題「海砂糖」

【サラの夢】(約1500文字)

 海砂糖はサラの宝物だった。
 サラが生まれた海辺の村には、そこでしか育たない「サトウ麦」があった。
 収穫したサトウ麦を挽いて粉にすると粉砂糖になるのだ。収穫量はごくわずかだったので、希少で高価な『海砂糖』として主に国王や貴族たちに献上されていた。

 しかし、その村の娘が結婚する時だけは、ほんのわずかではあるが海砂糖を持たせる習わしになっていた。
 その量は、せいぜいケーキを一回焼くことができるくらいだったから、いつその海砂糖を使おうか…と想像を巡らせるのが、結婚した女たちのささやかな楽しみであり、辛い時の慰めでもあった。
 だから時には、亡くなった老女の行李から、使われないままの海砂糖が見つかることもある。
 小さな箱の中で石のように固くなってしまった海砂糖は儚い光を放ち、亡くなった老女の夢の名残のようでもあった。
 家族はそんな時は大抵、海砂糖をそのまま老女の棺に収めてやる。夢がなくては生きていけなかった慎ましい人生を送った老女へのいたわりの想いを込めて。

 サラも、結婚してから何度も海砂糖を取り出しては眺めている。
 結婚したばかりの頃は、すぐにも夫のためにケーキを焼いてあげたかったけれど、夫のユーリが反対したのだ。
「僕たちだけで食べるのはもったいないよ。子どもが生まれたら…いや、その子が大きくなったら…いや、結婚した時かなぁ」
「ユーリったら、海砂糖がひからびちゃうわよ」
 でも、そんな話を二人でするのは楽しかったので、サラはいつも眺めるだけで海砂糖を使うことはなかった。

 しかし戦争が始まり、ユーリが出征することになった時、サラは無事を祈るために海砂糖を使ってケーキを焼こうと思った。でもやっぱりユーリは反対した。
「僕が帰ってきた時にしようよ…その時には、この子も生まれているし。かあさんも一緒に、みんなで食べられるよ。僕もそれを楽しみにできる」
 でも、あなたがもし…。
 大きくなってきたお腹の奥からそんな想いが湧きかけたけれど、言葉になる前にサラはグッと飲み込んだ。
「そうね、それがいいわ。すごく美味しいケーキを楽しみにしていて」
 サラはなんとか笑顔をつくった。

 それから長く戦争は続き、たくさんのことが起こった。辛いこともあり、時にはうれしいこともあった。
 一番辛いのはユーリがまだ帰ってこないこと。
 一番うれしかったのは娘が生まれたこと。
 サラは何度も海砂糖を眺めた。ユーリが帰ってきたら世界一美味しいケーキを焼こう…。そのことを夢見て。
 海砂糖はサラの夢を吸い込んで、次第に宝石のようにきらきらと光りを放つようになった。

「おかあたん、これ…きれい」
 言葉を覚えはじめたタミィに見せてやると、なんでも触りたがるタミィが海砂糖には手を伸ばそうとせず、ただ瞳をきらきらさせて見つめている。
「おとうさんが帰ってきたら、これでケーキを作ってあげるからね」
「けーき!」
「おいしい、おいしいケーキをね、みんなでお腹いっぱい食べるのよ」
 タミィがキャッキャと笑う。

 サラはそう言いながら、ほんのちょっぴりだけ海砂糖を削って口に入れた。
 それはまったく無意識のうちに行われたことで、サラ自身、口中に海砂糖の味と香りが広がった瞬間、意識を取り戻したように驚愕した。

 わたし…食べちゃった…。

「おかあたん、おいし?」
 タミィはそれを見ながら自分は海砂糖を欲しがりもせず、サラの目をじぃっと見ている。
 サラの両の目から涙がこぼれる。
 タミィのゆびがそれをそっと拭い取り、口に含む。

「あまーい」
「…あまい、の?」
 にこにこと笑うタミィの顔を見ているうちに、サラは自分の身の内に説明のできない力が湧き上がってくるのを感じた。

 信じよう。

「ケーキ、作るの楽しみね」
 サラがそう言うと、タミィは大きくコクンッとうなずいた。


おわり

(2023/6/24 作)

小牧幸助さんの『シロクマ文芸部』イベントに参加させていただきました。
・・・実は先日、創作大賞・ファンタジー小説部門に参加させていただいた【ソフィの夢】という短編小説の二つめのスピンオフ作品です。
サラという女性をもう少し書きたいなー、と思って(*´ω`*)
こちらも↓よろしければ~

一つめのスピンオフ作品はこちら
(こちらも小牧幸助さんの『シロクマ文芸部』イベント参加作品です。)


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