見出し画像

掌編小説【あさ】

お題「朝活」

「あさ」

古い新聞を調べていたら、わからない箇所が出てきたので隣のおじいさんに聞いてみた。
「これってどういう意味?」
おじいさんはその箇所を指でなぞった。
「ふ…む」
「おじいさんは知ってるの?」
おじいさんは答えないまま、ごそり、と音をたてて立ち上がる。奥で茶を淹れる音がする。
「まぁ飲め」
「ありがとう」
置かれたコップは熱い。僕はふぅふぅと息を吹きかけて一口飲んだ。苦い。しかしここの飲食物はたいてい苦い。人々は甘いものを欲したが、作ることは難しいのだ。
「お前は毎日なにをしてる?」
おじいさんがたずねた。
「特になにもしていないな。気が向くと図書館に行ったりするけど」
「そうだろう。今ここではなにもすることがない。だがな、昔の人々は一日中活動していたらしい」
「一日中?」
「そうだ。それでもまだ飽き足らず、特に活動しなくてもいい時間にまで無理やり活動する者も出てきた。彼らがやっていたことがそれだ」
おじいさんは僕がわからなかった箇所を再び指でなぞった。
「なんて読むの?」
「あ・さ・か・つ」
「あさかつ…」
「朝に活動することさ。でも、あさと言ってもわからんだろうな。大昔、毎日昇ってくる『太陽』というものがあった。それがあった頃は『朝・昼・夜』と一日の時間が分かれていたんだ。しかし太陽が消えてしまってからは夜だけになった。甘いものだって作れやせん…」
僕は何も見えない目を凝らして天を仰いだ。僕たちの目は退化し、なにも見ることができない。新聞や本の文字も、点字化されている。
「あさ、ってどんなだったんだろう」
「わしも直接には知らん。言い伝えとして知っているだけだ。明るくて暖かかったそうだ。明るくなると『影』ってやつも足元に現れるってな。まぁ…それもよくわからんが」
おじいさんはつぶやいた。

「あさ…」
あかるいあさ。それはなにかとてもわくわくするものではないだろうか…。
僕は『たいよう』とやらが昇って世界の様子が変わり、あかるくて、あたたかくてウキウキしながら、甘いものをたくさん食べて笑っている自分を想像した。
ぼくは元気になって何かしたくてたまらなくなっている。あかるい所で、とても何かをしたがっている。やりたくてたまらなくて、立ちあがって「できるぞ!」なんて叫んでいる。ぼくは『あさかつ』をするんだ!
でも、なにをしたらいいのか、どうしたらいいのか、どこに行ったらいいのかわからなくて、ただ足踏みしながら、『あさ』の中でうろうろと自分の影を踏み損ねているのだった。

おわり (2022/11/20 作)

おもしろい!と思っていただける記事があれば、サポートはありがたく受け取らせていただきます。創作活動のための心の糧とさせていただきます☆