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掌編小説【小さなサンタクロース】

お題「クリスマス」

「小さなサンタクロース」

「じゃあ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい」小ニコラウスは父ニコラウスが山のように贈物を積んだ橇に乗って出発するのを見送ると、いそいそと身支度を始めた。
赤い上着、赤いズボン、赤い帽子、そして赤いブーツ。今日はクリスマスイヴだ。父は明朝まで帰ってこない。親が留守の時には子どもは必ずなにかする。
「いい子にしてろよ」などという言葉は、自分が子どもの頃のことを忘れてしまった大人が言うものだ。
「いい子じゃないとプレゼントはあげないの?」小ニコラウスは父ニコラウスに聞いたことがあった。
「まぁ、これも依頼された仕事だからね。ご両親からうちには来ないでください、と言われたら届けることはできないよ」
小ニコラウスは不満げに鼻を鳴らした。大人ってばかだな。彼は去年のクリスマスにプレゼントをもらえなかった男の子を陰から見ていたのだ。
その子はたしかにイタズラっ子だったけど、お母さんが育てた薔薇を切ったのは、その子の友達で身寄りのない一人暮らしのおばあさんにあげるためだったんだ。理由を言わない男の子をお母さんはすごく怒ったけど、あれはわるい事じゃないよ。
その子は今年もイタズラばかりしていたから、その子の両親は父ニコラウスに「うちには今年も来ないでください」と伝えてきていた。
でも、小ニコラウスは今年一年その子を見ていて、その子が大好きになっていたのだ。
強い奴とはケンカするしイタズラもするけど、絶対に弱いものイジメはしない。おばあさんとは今年も仲良しだった。おばあさんは面白い話をたくさん知っていて、男の子はいつもそれを聞きに行っていた。でも貧乏であまりきれいじゃないおばあさんのことを、その子のお母さんはきらっている。
そこで小ニコラウスは考えた。お父さんがプレゼントを持っていかないなら、ぼくがこっそり持っていこう。
でも彼には橇がなかった。どうしようかな、と考えた時、物置の片隅にキックボードを発見した。それはある子どもに届けようとしたプレゼントだったけれど、そのキックボードが届く前にその子は天国に行ってしまったのだ・・・。
贈られなかったキックボードを小ニコラウスは引っ張り出した。そして男の子へのプレゼントをリュックサックに入れ、勢いよくキックボードを蹴り出した。
キックボードは前時代的なトナカイの橇よりもずっと早く走るみたいだった。小ニコラウスは風をきって笑いながら走った。小ニコラウスの笑いは粉雪になってキラキラと舞った。
男の子の家の前に着くと、静かにキックボードを降りて、窓からそっとのぞき込んだ。カーテンの隙間から男の子が見えた。小ニコラウスはコンコンと窓を叩いた。
男の子はキョロキョロしてから窓の方を見て、そっとカーテンを開けた。そこには赤い帽子に赤い上着を着たちいさなサンタクロースみたいなのがいた。
「俺のところにサンタが来るはずがないけど」男の子はいぶかしく思いながらもそっと窓を開けた。
「メリー・クリスマス。ぼくニコラウス」
「サンタじゃないのかい?」
「ほんとのサンタじゃないんだけどさ。ほんとのサンタはぼくのお父さん」
「へえ、サンタにも息子がいるんだ」男の子は笑った。
「ぼくね、君のこと好きなんだ。君、いい奴だからさ。だから代わりにプレゼント持ってきた」
小ニコラウスは余分なことを言わない子どもだった。男の子はぽかんとしている。
小ニコラウスはかまわずにリュックサックからプレゼントを出し、窓越しに男の子に渡した。プレゼントは、温かそうなふわふわのスリッパだった。
「君がなにを欲しがってるか調べたんだよ。今はAIが教えてくれるんだけどね。これで合ってる?欲しいもの」
男の子の目が輝いている。男の子はうん、と大きくうなずいて「ありがとう」と言った。
「へんなもの欲しがるなぁって思ったけど合ってるならいいや」
小ニコラウスはさっぱりとした性格だった。
「じゃあね。来年はお父さんが持って来られるといいんだけど」
「ぼく、君が持って来てくれる方がいいな」男の子は言った。
小ニコラウスは胸のところが熱くなってそれがほっぺたにも昇ってきた。そう言われてうれしかったのだ。
「うん、ありがとう。また来るよ、きっとね」
小ニコラウスは男の子に手を振ってキックボードを蹴ると、父ニコラウスが戻るまでに家に帰った。

翌朝、子どもたちの様子が観られるモニターで、小ニコラウスはあの男の子が走っておばあさんの所に行くのを見た。
おばあさんは穴の開いたスリッパを脱いで、温かいスリッパに足を入れ男の子を抱きしめていた。小ニコラウスはクスッと笑って「あいつはやっぱりいい奴だ」とつぶやいた。
ふと気づくと父ニコラウスが後ろからそのモニターを見ていた。
「ふむ、お前も昨夜は仕事をしたようだな。わたしも少し考え直さなくちゃならないな。そもそもいい子じゃない子どもなんていないのかもしれない」
小ニコラウスは顔を上げて得意そうに鼻をならした。
「あたりまえだよ。AIにだってわかることさ」

おわり (2020/12 作)

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