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掌編小説【切り口】#シロクマ文芸部

お題「舞うイチゴ」

【切り口】

舞うイチゴ。
「イチゴ、もっと食べたいー」
旅の途中、爺さんと幼子が仲良くイチゴを食べているのを、少し離れた所から見ていたら、突然イチゴが空を舞ったのである。バラバラになったイチゴが一瞬、空中で静止したかに見えた。
「わぁい、ふえたー」
幼子はおどろきもせずに手の平でイチゴを受け取りニコニコしている。

今のはなんだ…。あの爺さんなにを…。
俺は二人に近付いた。幼子は俺を見てにっこりする。爺さんの方は俺に背を向けている。
「おにぃちゃん、イチゴ食べたいの?」
「あ、いや、それ見せてくれるかな」
親切な幼子は、にこにこしながら俺に手を差し出した。ちいさな手の中には真っ二つに切られたイチゴが六つ。増えたというより、三つのイチゴが切られて六つになっているのだ。
俺は、その切り口を見て鳥肌が立った。
尋常な切り口ではない。

「お爺さん、あなたは…」
俺は間合いを取りながら、背を向けている爺さんに声をかけた。
その瞬間、俺の目の前をイチゴが舞った。俺は瞬時にイチゴを真っ二つに切った。
「なかなかやるのぉ…」
幼子は再び、ふえたーと笑って手の平に受け止めている。考えてみたら受け止める方もすごい気がするが、それはそれとして、自分が切ったイチゴと爺さんが切ったイチゴの切り口を調べてみた。明らかに違う。どうと言われても困るが、違う。

「もしかして、あなたが伝説の…イチゴ侍か」
「いんや、ただのイチゴ農家のジジィじゃよ」
爺さんはシレッとして言った。しかし小さな目の端を一瞬キラリと光らせるとこう言い添えた。
「隠居の身じゃからな」

イチゴ侍が切ったイチゴはいつまでも新鮮で腐ることがなく、その甘さは切られることで数倍になるとも言われている。都市伝説だとも言われていたが、俺はイチゴ侍は必ずいると信じて旅をしてきたのだ。パティシエとしては、ぜひ教えを乞いたい。俺はペティナイフを握りしめて言った。
「俺を弟子に…」
しかし爺さんは首を横に振った。
「まぁいつか孫に習うがいい」

ふと横を見ると、幼子は半分になったイチゴを空中に放り投げ、目にも止まらぬ速さでままごと用の包丁を振り回した。
再び空を舞うイチゴ。
一瞬の制止の後、イチゴはさらに細分化されて落ちてきた。
幼子は、またふえたーと言ってにこにこしている。

驚く俺を見て、しかしじいさんは言い足した。
「たとえいくつに細分化されようと、イチゴはひとつなんじゃよ」
と。


おわり

(2023/5/13 作)

小牧幸助さんの『シロクマ文芸部』イベントに参加させていただきました。
毎回、お題のセンスが素敵です☆
それなのに、スラムダンクの次はバカボンドを読んでるからってこんな話に……。(;・∀・)

※『バカボンド』井上雄彦氏による宮本武蔵を主人公にした漫画作品。
未完の名作。今回のお話は柳生石舟斎とのくだりを参考にしております。
しびれるー

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