見出し画像

掌編小説【くつ下】

お題「くつ下」

「くつ下」

「おばあちゃん、くつ下に穴があいてるよ」
さよこは、ヨッコイショと立ち上がったおばあちゃんのかかとを見て言いました。おばあちゃんの靴下に十円玉くらいの穴があいていたのです。
「あらまぁ、本当だわ。なおさなきゃねぇ」
「新しいくつ下、ないの?」
さよこのお母さんは、くつ下に穴があいたらゴミ箱に捨てて新しいのを出してくれます。
でも、おばあちゃんは笑って言いました。
「まだはけるから、もったいないものね。まぁ最近はよく目がみえなくて、つくろうのはひと仕事だけど」

おばあちゃんはさよこのご近所のともだちです。さよこが幼稚園の時におばあちゃんの家の前で転んで泣いていたのを助けてもらってからなかよくなったのです。さよこは先月で八歳になりましたが、毎日のように遊びに行きます。さよこの家はお父さんもお母さんも外で働いていて夜まで誰も帰ってきませんし、おばあちゃんも一人暮らしなのでさよこが行くと喜ぶのです。そして古い絵本を見せてくれたり、あやとりをしたり、歌を歌ったりしてくれます。
さよこはおばあちゃんが大好きでした。

その夜、さよこはおばあちゃんのくつ下のことを思いました。くつ下をつくろうのもひとしごと、と言っていました。
さよこは自分の貯金箱を開けてみましたが、八十円しかありません。これでは百円の靴下も買えません。
「あたしがなおしてあげよう」
さよこはそう思いつきました。でも『つくろう』ってどうすればいいんだろう。おばあちゃんに教えてもらえばできるかな…。さよこはちょっとどきどきしながら眠りにつきました。

翌日は日曜日でしたから、早速さよこはおばあちゃんの家に行きました。
「まぁ、さよちゃん、くつ下をつくろってくれるの?」
「うん、あたし、目はすごくよく見えるから。でもつくろい方がわからないの」
「それなら、教えてあげるよ」
おばあちゃんはうれしそうに押し入れの中から箱を出してきました。
「これは、さいほう箱っていうのよ」
「わあ、きれい!宝石箱みたい!」
それは黒くツヤツヤと光る箱で、ふたには赤や金色の線で、花や葉やたくさんのきれいなものが描かれていました。きらきら光るものも貼られています。それは貝殻だとおばあちゃんは言いました。
「これはわたしのお母さんからもらった大切なものなの」
おばあちゃんはやさしく箱をなでました。
おぱあちゃんがふたを開けると、中には色とりどりの糸とたくさんの針が刺さったクッションが入っていました。他にもボタンやリボン、色々な柄のちいさな布などがきれいにしまわれています。
さよこは目を見張りました。こんなにすてきなものがつまったきれいな箱、さよこのお母さんだって持っていません。
おばあちゃんは箱から一本の針と糸を出すと、糸の通し方をさよこに教えてくれました。さよこは一度で上手に針に糸を通しました。
「さよちゃん、さすがねぇ。わたしにはそれがむずかしいのよ」
こんなにかんたんなのに、とさよこは思いましたが、ほめられてうれしくなりました。でもここからが本番です。この針と糸でくつ下をつくろうのです。
おばあちゃんは箱の中からくつ下の色に近い布をみつけました。
「この布を裏から当てて、縫えばいいのよ。穴がふさがるようにね」
くるくるっと丸める玉の作り方もさよこは教えてもらいました。こうすれば布から糸が抜けません。なるほどなぁ、とさよこはだんだん面白くなってきました。おばあちゃんに言われたとおり、布を穴のところに当てて、ゆっくりと縫っていきます。糸が布を通り抜ける時の「すうっ」という手ざわりが気持ちよくてぞくぞくっとしました。でも当てたところから布がすぐにずれてしまって、なかなか上手にできません。長い糸がくるくるとこんがらがって止まってしまった時には泣きそうになりました。
「おばあちゃん、うまくできない…」
「だいじょうぶよ。ゆっくりやればできるから」
こんがらがった糸は、引っぱらずにがまん強くゆるめていくと元通りになりました。さよこは「すうっ」と糸がとおる音と手ざわりに気持ちをあつめて、つくろいつづけました。
「さよちゃん、あと少しよ」
おばあちゃんは針と布を上手に動かすコツを、少しずつ教えながら見ていてくれました。
「できた!」
さいごの止め方を教えてもらって糸をハサミでぷつん、と切って、くつ下を元に戻すと…、くつ下の穴はきれいにふさがれていました。
「やった!できたよ、おばあちゃん!」
「まぁ、さよちゃん、すごく上手よ」
おばあちゃんはくつ下を受け取ってつくろったところをなでながら言いました。
「ほんとう?」
「ほんとうよ。はじめてなのに、とってもきれいにできてるよ。ありがとう、さよちゃん」
さよこはうれしくて顔がかあっとしました。
「これでまたはける?くつ下」
「まだまだはけるねぇ。またやぶれてもさよちゃんがつくろってくれるかしら」
「うん、もっとぬいたい。もっとおしえて。布に糸が通るのって気持ちいいね」
さよこは「つくろう」が大好きになっていました。

それからさよこはおばあちゃんからぬいものを教わるようになりました。おばあちゃんはさよこが中学生の時に体がよわって施設に入りましたが、さよこはそこへも時々通っておばあちゃんとぬいものをしました。おぱあちゃんが寝たきりになってからは、枕カバーやパジャマもぬってあげました。おぱあちゃんはそれをさいごまで大切に使ってくれました。

そして今、さよこは洋裁の専門学校に通う十八歳の少女です。
さよこはぬいものをする時はかならず、おばあちゃんがさよこにくれた宝石箱みたいな黒い箱を出します。そうすると、いつでもおばあちゃんといつもいっしょにぬいものをしているような安心した気持ちになるのです。

おわり (2022/4 作)


おもしろい!と思っていただける記事があれば、サポートはありがたく受け取らせていただきます。創作活動のための心の糧とさせていただきます☆