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掌編小説【王様のバナナ】

お題「バナナ」

「王様のバナナ」

ちいさな男の子が黄色い三輪車に乗っている。男の子の名前はハルト。ハルトは黄色が大好きだ。黄色いズボン、黄色い帽子、そしてバナナ。
バナナ?
そう、ハルトはバナナが大好きだから、おかあさんはいつもおやつに二本持たせてくれる。一本はハルトのために。もう一本は一緒にあそぶかもしれない友だちのために。
ちりりん、ハルトは三輪車のベルを鳴らしながら、通いなれた近所の公園に着く。だけどいつも座るベンチに見慣れない男がいる。
「こんにちは」
ハルトは誰にでも声をかける。返事があってもなくても気にしないけれど、あったほうがうれしい。
「こんにちは、ぼうや」
男は答えてくれた。ハルトはうれしくなって男の隣に座る。
「おじさん、なにしてるの」
「うん、休んでるだけだよ」
男は痩せて顔色がわるかった。ハルトのおとうさんみたいな背広を着ているけどシワシワだ。ハルトは男の背広のそでを引っ張った。
「なんだい」
「おじさん、おなかすいてる?」
「いや…うん。どうかな」
痩せている犬や猫はお腹をすかせている。男も痩せている。だからおじさんもおなかがすいているにちがいない。ハルトは三輪車のカゴからバナナを取り出した。
「バナナは黒い点々がたくさんある方がおいしいんだよ。でも多すぎてもだめなの」
「むずかしいんだな」
「むずかしいんだよ」
ハルトが厳かに告げる。そして二本のバナナをじっくり見比べて黒い点々が少し多い方を男に差し出す。
「これはちょうどいいと思うよ」
「おれにくれるのかい」
男は少し驚いてハルトにたずねた。
「うん。これは友だちにあげるバナナなの」
「友だち…か」
男はバナナを見つめた。小さな男の子のふっくらとした手に握られたバナナは、布団にくるまれているようにくつろいで見える。

男は王から褒美を受け取る臣下のように、バナナを両手で受け取った。
「バナナはこうやってむくんだよ」
ちいさな王様がバナナをむいて見せる。男は初めて見るようにバナナの皮がむかれていくのを見つめる。あらわになったバナナの実から甘い匂いがする。ハルトはバナナをひとくちパクリと食べる。
「おじさんも食べて」
王に命じられた臣下は、両手で捧げ持ったままバナナを見つめる。しかし動くことができない。
「ぼく、むいてあげようか」
少しせっかちで慈悲深い王は、臣下の手からバナナを取り上げると、同じように皮をむいた。でもちょっと急いだので実の部分に指があたって、ちいさな跡がつく。
「はい」
「ありがとう…ございます」
男は聖痕のようにかわいらしい指の跡がついたバナナをしばらく見つめると、ゆっくりと口にふくんだ。
「……甘い」
それは男が久しぶりに感じた『味』だった。もう何年もなにを食べてもなんの味もしなかったのだ。ただ生きるためだけに食べていた。
隣に座っているちいさな王様は満足そうに臣下を見てうなずく。そして二人は残りのバナナをだまってゆっくりと食べた。

「ただいま」
「おかえり。今日はどうだった?」
「うん。二人でバナナ食べた」
「そう。よかったわね」
ハルトはビニール袋に入れた二本分のバナナの皮を母親に渡す。母親はそれを受け取る。毎日の儀式だ。ハルトは痩せたおじさんが自分と一緒にバナナを食べてくれたことがとてもうれしかったので、母親の周りをぐるぐる回りながらスキップする。

その夜、ハルトが眠りについた頃、テレビからニュースが流れている。画面には王の臣下が映っている。それとは知らず、母親は静かに編物をしている。
「…本日、十二年間逃亡を続けていた強盗殺人犯が自首しました。自首した理由を『バナナが甘かったから』と話しており、警察では精神鑑定も含め…」
ちいさな王様はベッドで安らかな寝息をたてている。

おわり (2022/11/5 作)


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