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掌編小説【金平糖】

お題「しゃっくり」

【金平糖】

春になったから、今日は外でココアを飲もう。
そう思ったぼうやは、おかあさんに作ってもらったココアを持って、庭の片隅にある小さな椅子に座った。それはおかあさんがのら猫のタマのために置いている椅子だけど、タマがいない時はぼうやの椅子になる。
ぼうやは、春の日差しに温まったタマの椅子にちょこんと座り、足をぶらぶらさせながらココアを飲んだ。
「えくっ」
突然、ぼうやの身体に異変が起こった。
「えくっ」
それは『しゃっくり』と呼ばれるものだったが、ぼうやは知らなかった。これなに?
「えくっ」
ぼうやのしゃっくりは、金色の鈴みたいにかわいらしいきれいな音だったから、一音ごとに金平糖が生まれた。
「えくっ」コロン
「えくっ」コロン
そこにタマが戻ってきた。ぼうやは椅子から立ち上がってタマに椅子をゆずった。
「ありがとう、ぼうや」
タマは三毛猫のおばさんだ。
「おや、しゃっくりが止まらないの?」
「よくわかんな…えくっ」コロン
「あらめずらしい、金平糖しゃっくりだ」
「なに…?えくっ」コロン
「ぼうやのしゃっくりは神様からの贈物だよ。ひとつしゃっくりする度に、ひとつ金平糖が生まれるの。滅多にないしゃっくりだよ」
「えくっ」コロン
「食べてごらんよ」
ぼうやは膝の上にこぼれている金平糖を口に入れた。金平糖はとっても甘くておいしくて、口の中ですうっと溶けた。
「しゃっくり、とまっちゃった」
「生まれた金平糖を食べると止まるんだよ」
ぼうやはそれまでに生まれた金平糖を集めた。七粒あった。
「タマおばさん、食べる?」
「あたしゃ、金平糖なんて。まぁ大事にしまっておおき」
「ふうん」

ぼうやはそれからしゃっくりが出ると、生まれた金平糖を缶の中に集めておいた。
声変わりとともに金平糖は生まれなくなったけど、タマおばさんに言われた通り、金平糖は大事にしまっておいた。

ぼうやは年をとり、百歳のおじいさんになった。
それまでに、いろんな事が起こった。結婚して子どもが生まれたり、戦争があったり、家が焼けたり、仕事を失ったり、病気になったり、子どもが死んだり、ケガをしたりした。
そして今、おじいさんの枕元には神様がお迎えに来ている。おじいさんはそっと枕の下から缶を出してシーツの上に金平糖を広げた。

「神様、贈物をありがとうございました」
「なんの役にも立たなかったろう?」
「いいえ」
「そうかね?」
「どんな時でもこの金平糖を見ると、わたしの心は、あの春の日にココアを飲んだ時に戻れましたから」
神様は微笑んだ。
おじいさんも微笑んだ。

「最後にこれをあげよう」
神様がそう言うと、枕元に金色の金平糖が一粒、コロンと現れた。
おじいさんは目を閉じて金平糖を口に入れた。なつかしい甘さが口に広がり、おじいさんの胸にはあの日の暖かさが満ちた。
「えくっ」
おじいさんの喉から金色の鈴みたいにかわいらしいきれいな音がして、おじいさんは永遠の春の中に溶けていった。


おわり

(2023/1/4 作)


…公園に散歩に行った時、しゃっくりが止まらない幼子がいました。
その「えくっ」のなんて美しいこと! 
子どものいない私がはじめて耳にした音色でした。
その感動を留めたい…と思ったのですが……(+_+)うにゅ~

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