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掌編小説【空白】

お題「クリスマスの過ごし方」

「空白」

クリスマスの朝が好きだ。
日本では二十五日になれば『クリスマス』のために準備された全てのものが消える。街のきらきらした飾りも店頭に山積みされていたプレゼントも、夢のように消えている。きれいさっぱり。
道行く人々は、空振りしたバッターみたいに行き場のないとまどった表情をしている。
クリスマス終わっちゃったよ、これからどうしようか?
そんなとまどいの中に生まれる空白が好きなのだ。提供されるものは何もない、余分なものがない、プレッシャーもない。その清々しい、自由。

私はひとりで散歩に出かける。
公園のベンチに座る。寒いから誰もいない。空気が冷たくて澄んでいる。青空なら最高。雪空でもいい。自分の吐く息の白さを眺めて過ごす。
ほわほわ……と奇跡が生まれては消える。空中に。何度でも。

枯れ葉が風に吹かれて足元を通り過ぎていく。
後ろには小人が隠れているのかもしれない。私は持ってきたクッキーを少しくだいて地面に落とす。小人のごちそう。あるいは鳥の。

花屋に寄るとポインセチアが隅っこに押しやられている。私は一鉢買う。
助けてくれてありがとう。
そんな声が聴こえてくる。囚われの姫を救い出した王子の気分。
クリスマスが終わっても君はきれいだよ。

パン屋に寄るとシュトレンがひとつだけ残っている。
ぼくを助けて!
私は今度は勇敢な王女になって囚われの王子を救い出す。
あたしが来たからもう大丈夫よ。

家に帰って、ポインセチアを窓辺に飾る。姫が笑う。
コーヒーを淹れて、シュトレンを薄く切る。王子も微笑む。

何もない空白の日を満たす。
コーヒーとスパイスの香り。
暖かな窓辺にすべてがある。

世は全てこともなし。
私のクリスマスの過ごし方。


おわり (2022/12/20 作)


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