「もう少し行くと、水をくれる所があるぞ」 すれ違いざまに男が言う。 灼熱の太陽。喉がカラカラだ。 何とかふらふらと歩き出し遠くにオアシスがぼんやり見え、水があり、 大きな魚が泳ぐ様が見えた。 あと少しだ。 しかし、行けども行けども水は永遠にない様に思える。 これが砂漠の蜃気楼なのか。 前からラクダに乗った身なりの良い男がやって来た。 「水がもらえる所があるぞ、直ぐそこの建物の中にキリスト様がいる」 「金と交換だがな」 金とは聞いてないな。慈悲深いお方と聞いていたが。 建物の前
「監督、あたくしの出番は殆ど無いではありませんか」 「大女優さん、もう君の時代は終わりなんですよ、既に新人女優に この役は決めていますし、それに」 この後は、少し言い過ぎかと喉の奥で飲み込んだ。 既に死亡説まで噂が広まってるし、彼女をこの舞台で使うのも 躊躇されたが、スポンサーのどうしてもの頼みに従ったまでのことだ。と。 「でも、ローズマリーの花束を持って、流れて行くsceneはわたくしに もっとも相応しいものだと、それなのに、脚本の柱に棺の中、ト書きは、 殆ど書かれていない
朝からそわそわと緊張していた。 久しぶりに後輩に夜のクラブへ誘われたのだ。 以前は良く出かけたものだが、彼が居なくなって インドア派になりつつあった。 久しぶりに鏡に向かってマスカラをつけ、微笑んでみる。 老けたかな、いやまだまだ行けるかな。 ドレスは少し派手目のパープルのサテン地にゴールドオーガンジーの網のかかるアシンメトリーの長めスカートにした。 家から駅まで歩くと目立つ格好なので、現地までタクシーを呼んだ。 そこは、古民家を改造したアールヌーボーの古い洋館で雰囲気がある
ある夜の海。 ひとりの女性が箱を抱えて砂浜を歩いていた。 薄暗くあまり良く見えなかった修行僧は小さな声らしいものを 聞いたが、そのまま海に浸かり禊ぎを続けていた。 明くる日、箱の中は開けられ中には何も入っていなかった。 アオバトが海水を飲みに来る時期で、カメラマンで賑わう大磯の海。 命がけの塩分補給には、子供の鳩もいて、それをハヤブサが狙うのだ。 母なる海は時に優しく時に荒々しく波を起こし、アオバトの群れは翻弄されながらも命の補給を続けるのだった。 アオバトが静かな山の巣に帰
学生時代、父親の経営する会社が割と上手く起動に乗り 家を都内の平屋から、お台場のタワマンに移り住んだ時期があった。 湾岸道路が見え、芝生のガーデンがあり可愛い子犬たちを抱えたハイソな 奥様方が東京湾を観ながら談笑してる姿は理想郷のようにも思えたものだ。 うちにも犬が居たが、その中の高級な服を着た犬種とは違い雑種の捨て犬だったけれど、家族全員とても可愛がっていたし引け目を感じる事はなかった。 タワマンに住んでいるご近所さん達も、うちの雑種のこの犬を可愛い子ね! と言ってくれたり
標高の高い霧降る高原で、思い切り美しい景色を堪能して、 彼らはご機嫌だった。 日常を離れるとマンネリな夫婦も新鮮な空気を吸い、意気投合する という奇跡に出会える事もある。 車中での会話も弾み、高原のペンションでの食事にも満足して いたし、何よりまだ春浅いこの場所で趣味のバードウォチングを楽しみ、 ハイキング出来た事でリフレッシュ感は絶好調に思える二人だった。 いつもは喧嘩か空気の様に会話もなく、お互いの役割を時の流れと共に 過ごして来た。 頂上から森を抜ける道を走る車の中も、
キラキラしたミラーボールが回る舞台の上で 銀色の光を浴びながら、彼は踊っていた。 普段は書道家であるが、単に祖父の後を継いだ先生だ。 実のところダンサーになるのが夢だった。 ニューヨークにも留学した時期もあるが、 もはや30歳半ばともなると、潔く諦める仲間も多く こうして地下アイドルと共に演じられる事はまだ良い方かと 自分を慰める様に力いっぱいステップを踏む。 今夜は特別なんだ、彼女が観に来てるからさ。 あの娘が来る事はこの世界では重要な事だった。 ファッションリーダーならぬ
はじめまして。 ちょっとした気分転換になる短い読み物が あったら良いな。 と思い、こちらのサイトを知り書かせて頂きたいと 思いました。 美しい物と毒気のあるものが好きです。 案外、ゴシップも興味津々。 楽しい時間にしたいです。