「遠い夏」
毎日が雨で、梅雨のままの東京だった。
紫陽花も百合もアガパンサスもクチナシも
光を浴びる事が出来ずに輝く前に萎えている。
そのまま秋になり冬になった。
誰もが彼の言う事に耳を貸さないでいた事に後悔していた。
街の真ん中のゴミ屋敷の住人はいつもステテコ姿で玄関の前で
座っていた。ステテコの生地は上等だ。
門には、診療所と書かれた看板が貼り付けてある。
医師だったようだ。座りながら読んでいるのは必ずドイツ語の本だった。
傍らには黒猫がいてその猫も大抵は黙って足下にね転んでいる。
猫好きの少女が来ては猫を撫でエサをくれた。
彼と話すのはこの少女だけだった。
「パパママ、あのね」
彼から聞いた事を話してはみたが両親は耳を貸さない。
「あの年は、飛行機が何度も堕ちたり、地雷が爆発したり、
隕石程の堅さの霰が降ってトタン屋根に穴が開いたりと
異常現象が起きたんだよ。自己防衛しておかないと、この国は
ガバナンスがなってないからね」
降り続く雪の中で、白亜紀のように人々は惑い初めていた。
パタリパタリと倒れて行く人々を見ながら、ひとり地下のシェルターに収まり、外を眺めながら片頬で笑みを浮かべた。
もうすぐ収まるだろうが、あの時と同じならば。
いつも猫にエサをくれた少女もまた半袖のまま雪の中を食べ物を求めて
彷徨っている。
あの子だけは助けたいな。
彼は、シェルターのドアをそっと開けた。
その瞬間気圧で一気に火災が発生した。
ゴミ屋敷は炎に包まれる。
暖かいぞ。
人々は焚き火に手をかざす様に集まって暖を取った。
屋敷を包む炎は何時までも何時までも燃え続けて
その炎は消える事は無かった。
吹雪になっても。
Fin
オリジナルストーリーNo.12
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