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「輝き」

虫の声のする中庭に緑色の苔が蛍の光のように見える。
彼は成功したのだ。
苔の胞子に光りを与える事に。
ミクロの世界の苔の無数の胞子は、蛍光色に輝いている。
星屑のような形のスナゴケのベッドに横たわりながら、彼は彼らに話しかける。
「なんて美しい光だろう。なんて可愛い子たちだろう」と。
光ったタマゴケの胞子たちは、風船のようにゆらゆら揺れながら
尾を携えて身体をあるがままに委ねている。
透ける薄いグリーンの葉にイエローの灯りが中庭と彼を照らし続けている。
「ありがとう、我が子たちよ」
夜空を見上げると天の川が見え、こと座のベガとわし座のアルタイルも
微笑みあっているようだ。
風で苔が乾かない様に樹木を植え、池を作り、最後は自宅にも戻らず、
この研究所の中庭で殆どの時間を過ごして来た。
ある時はギターの音を聞かせ、歌を唄った。
その気持ちに寄り添う様に、タマゴケ達は、沢山の子孫を残してくれた。
庭師になって紆余屈折、しかしヒゲに白いものが混ざる頃に研究の場を与えられた。彼にはそんな事はどうでも良かった、この可愛い苔たちとこの美しい苔たちと喜びを分かち合えるのなら。他には何も要らないと輝く苔を見ながらしみじみと幸せを噛みしめる夜だ。
地面が水分で冷え、その上予期せぬ風が吹いたその時彼の心臓は止まった。
顔面はどんどん蒼白になった。
それに気がついた苔たちは、沢山の涙を流した。
親をなくした子供のように。
自分に必要な水分まで流してしまった。
胞子の灯りが次々と消えて行く。
その夜、多くの星が流れた。
願い事をした人も多かった。
翌朝発見された彼の周りに苔は一つもなかった。
悲しみにくれた苔たちは、彼の身体の中に浸食したのだった。
ずっと一緒に居られますように。
                     Fin
オリジンナルストーリーNo.8

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