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「グローリー」

「監督、あたくしの出番は殆ど無いではありませんか」
「大女優さん、もう君の時代は終わりなんですよ、既に新人女優に
この役は決めていますし、それに」
この後は、少し言い過ぎかと喉の奥で飲み込んだ。
既に死亡説まで噂が広まってるし、彼女をこの舞台で使うのも
躊躇されたが、スポンサーのどうしてもの頼みに従ったまでのことだ。と。
「でも、ローズマリーの花束を持って、流れて行くsceneはわたくしに
もっとも相応しいものだと、それなのに、脚本の柱に棺の中、ト書きは、
殆ど書かれていない。私に照明はあたりませんの?」
「とにかく脚本はもう出来ているし従って頂くしかないね」
もううんざりだ、70歳の大女優さんのお付き合いは。
と言わんばかりに口をへの字に曲げて去って行った。

大女優はセラピストに腰を揉んでもらいながら、
「あなた、酷いと思わない?こんなこと言われたのよ、あたくしに
オフィーリアの役は出来ないと、でもあたくし負けませんわ。
新人女優よりも舞台の上で輝いてみせるわ」
とは言うものの最近酷くなってきたリウマチの症状は指先まで進んでいて
何かと不自由な事も多くなっていたし、化粧では隠しきれない皺も目立ってきている事も自覚していた。
「私にお任せ頂けませんか?良い方法があるかもしれません」
ふいにセラピストが言う。
彼女は、イギリスで舞台に立って居たときからの長い付き合いのアロマセラピストでお気に入りだったし頼りにもしていたので日本に戻る時に一緒に来てもらった。

舞台稽古が始まった。
大女優は、以外にも滑舌良く、演技上の問題は全く感じられず、
監督は少し度肝を抜かれた。
彼女の首の皺も日に日に消えて、リウマチの症状も殆ど目立たなくなっていた。
むしろ、新人女優の不甲斐なさに今度は頭を悩まされる。
「ちょっと今のsceneやって見せてくださいよ」
監督の態度は一変する。
ピカピカに輝いたお肌の艶と演技の見事さ、特に狂気に晒された少女の
歌いながら花束を抱えながら水を流れる様は、まさに若き日の大女優そのものだった。
「よし。オフィーリアの役は変更だ!」
監督は大女優に見惚れて納得した。
大きな決断でもなんでもない。確かに彼女は大女優だった。
そう思うしか無い。
「あなた、いったい私に何が起こったのかしら?リウマチの症状も軽いし、
私少女の頃にも戻ったみたいよ」
「モノテルペン炭化水素ですよ。オレンジフラワーのネロリをハンガリーウォーターに使いましたでしょう。ローズやペパーミントと共に溶け出したエキスは、老化したお肌に弾力を取り戻し、毛細血管にもアプローチしてくれる。ウォッカに溶け出した仄かな薫りも媚薬となってくれたのでしょう。
私はイギリス時代に何人ものリウマチの人の血液反応を消してきましたから」
いよいよ舞台初日を迎えた。
大女優は、その演技にその美しさに輝きに拍手喝采を浴びた。
ただ棺の中に寝ているだけの役だったはずなのに。
翌日の新聞の一面に大きくクジャク蝶の刺繍されたドレスを着て、
ローズマリーの花束をもち若々しく微笑む彼女の姿が掲載された。
 To Be or not to be: that is the question!
生きるべきだ!
70歳の大女優はその日、30歳下のハムレット役の男優に告白された。

                           Fin

オリジナルストーリーNo.6

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