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「えへへへへ~・・・あへっ・・ふへっ・・・うふふふふ・・・」
 ただただ怖い。
何故そこまで愚直に好奇心で動けるのか。危機感はないんだろうか。
 こっちが優位に立てている自信がなくなってくるくらいの壊れっぷりだ。

「んねー記憶の人さん。あちき、これからどうなっちゃうのだな?」
 ああ、そういえば喋り方もすっかり壊れていた。
試しに刃物でも向けてみようか――あー駄目だな、森脇君の記憶が入ってる、ということがついつい抜けて来る。
彼女にとっては物珍しい事こそが興奮の種か。

「君はこれからずっと放置だよ。噛み砕いた記憶は取り除くのが面倒だからね~」
 みるにはこれが一番効くだろう。
記憶の除去は必須のやるべきことだが、なんだか疲れてしまった。

「抵抗もしないんなら、放置が楽だからねえ」
 つい声に出てしまったがもういい。
 俺は疲れた。みるが代わり映えしない景色で退屈そうにしてきたらやろう。 ――全く、これなら常識あるみるのほうが良かった。
 そう思うならさっさと飲ませればいいんだろうが、なんだか何もかも面倒だ。

「・・・・僕も面倒ですよ。面倒がってるクルメさんの面倒見るの」
 呆れたような声が背後からする。
 また背後を取られた、と嫌な汗をかきながらバッと振り返ると、背後の主は白麗だった。

「もう、除去は僕やりますから、その辺で楽にしててください」
 言いながら手にしているトランクを置き、真っ白な液体の入った試験管を取り出し、自分の世界に入り込んでいるみるの前へと立つ。

 物を触って地面に立っているんだから、当然体のあるほうの白麗だ。地に足つけて動いている姿をやけに懐かしく感じる
「ていうか、こんな稀な状態への対処法なんか教えたっけ?」
 覚えがないな、とお言葉に甘え、胡坐をかきながら尋ねると、白麗は試験管の中身をみるの口に注ごうとしていた手の動きを止めて、くるりとこちらを向いた。
 そして何か言おうと口を一度二度パクパクとした後、
やっぱいいです
とみるに記憶を消すための除去液を流し込んだ。

「・・・・それって、もしかして俺が覚えてないだけで、教えたことがあるってこと?」
「・・・・そんな感じじゃないですか?」
 嫌そうな声だった。
 俺が忘れている、ということがだろう。
それほどまでに白麗にとってその記憶が言いか悪いかわからねぇけど、重要なのだろう

「・・・ごめん」
 何も該当してこない。白麗と会ってからなんてそれほど経っていないのに。
「何に、対してですか?」
 期待のこもったような、けれど不安そうな声で白麗は尋ねた。
「・・・・・俺が、忘れてること・・・・と、悪癖を治そうとしなかったこと
 ついでのような言い方になってしまったことをよくなかったな、と反省しながら俺は言った。
「・・・・・もう、ないですか?・・・いや、ないですよね。うん、あるはずないです・・・じゃあ不問にします」
 ドサッと白麗の向こうで音がした。みるが倒れた音だった。
「寝かせたか?」
「はい。話さなきゃならないことが出来たので
 振り返り表情をなくした白麗がそこにはいた。
「貴方は、覚えてないですよね。僕のこと
 少しずつ、俺へ俺へと白麗は近づいてくる。
「いや、覚えている方がおかしいんだ。そんなこと」
 せせら笑いながら顔を覆い、喉で笑いあげ上を向く、白麗の足が止まった。

三宅蘭・・・心当たりは?」
「・・・・ないけど」
 俺ミアケだし、とお決まりの言葉を挟む気は流石に起こらなかった。
「じゃあ、青柳青柳透。それが駄目ならもう言いませんけど」

 誰だ?

でも、何となくその発音というか、言葉のならびに覚えがあるような。

「ぼんやり、覚えがある。でも誰だかまでは
「そうですか・・・・本当はもう少し、後にしたかったんですけど、仕方ないですよね」
 白麗は静かに、詰めきった俺の目の前で冷ややかな視線を送っていた。

貴方の名前ですよ。青柳というのは
 ―――何、馬鹿言ってんだ?白麗は。俺は未明――

「貴方は自分の記憶に耐えられなくなり自ら記憶を捨てた!!違いますか!!」

 絶えられなくなったように白麗が絶叫した。

「僕はその流れ弾に当たった身ですよ記憶師さん」
 限界が来ると人は笑う
そんな記憶を何度も見てきた。白麗はまさにそれの笑い方だった。

「知りませんでしたか?貴方が自暴自棄になって記憶を全て路地裏で捨て、僕はその現場を見たんです。あたりに転がるそれらを拾い集めて、貴方に届けようと必死で走りました
 知らない記憶を、白麗は続ける。

「ああ・・・こういうのは見せた方が早いんですよね。待っててくださいね。記憶師さん」
 フッと諦めたように笑って白麗はトランクの元へ行き、それをひっくり返した。
 ちゃぶ台倒しのようになったそれから、バラバラと音を立てて種が散らばっていく
「お茶ですね。はい。解っていますよ。淹れて来ますね」
 憑かれたようにふらふらと返事をして、白麗は消えていった。

 ゾワゾワと体に虫が這い回るような嫌な感覚が起きた。
「・・・これは、俺の種・・・・か?」
 形は気持ちが悪いほど精巧で、綺麗なダイヤ型をしている。
それが、ひとつの種で人の長い時間を引きだせるはずの記憶種が、いくつも転がっている

 この量を俺は捨てなくてはならなかったのか
そしてそれを白麗は拾い上げて、俺に渡そうとしたんなら・・・・俺は、きっと拒絶したのだろう。だから白麗の手元にあったわけで。
 拒絶されては困るだろう。
白麗は持ち帰って取って置いたんだろう
じゃなきゃ今ここにあるのはおかしい。
想定外の行動だったらしいから、白麗にとっても。
「・・・・・」
 その先の未来が、見えてくる

 自縛霊。

 自分で縛る、霊
意図的に留まっている霊。
いや、違うか。俺が、留まらせているのか
 何にせよ、白麗の体は死んでいる


「・・・・・記憶シュ」

 白麗は、機密保護のため殺されたのだろう。

おそらく、俺が呼んだのだ

『突然話しかけられた』
『記憶種を持っている』
『知らないふりをしているが、おそらくは演技』
とでも捉えて。

 今の俺の記憶には、記憶シュ周りの記憶はきっちりあるのだから

そしてもしかしたら、その行動した記憶すらも捨てたのかもしれない
罪悪感からか、面倒だからかは知らないが。


「・・・ネタバラシは不要ですね」
 白麗はこの家で一番大きなティーポットを手に、俺の正面にいた。
「ここまでヒントを与えればそりゃあ貴方ならそうですよね。
しかしまあ、飲んでください。これは貴方の義務です」
 言いながら床の種を拾い上げてポットの中に放り込んでいく
 無表情で、そこから何も感じられないような無機質な動作で
 
 俺は何も出来なかった。
 
 
 
     記憶シュ

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