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女はいつでも18歳

私の母はスリムな人だ。
この人のどこから私が産まれたのだろうかと思うくらいスリム。

東京で働いていた独身時代の母、服を買うのは表参道・青山周辺のブティック(この言い方に時代を感じる)か、百貨店ばかりだったそうで、7か9号サイズのジャケットを購入し、ウエストを5号に詰め直して着ていたという。

ウエストは5号。

女性の方なら、ご想像頂けるだろうか。母がどれほどスリムな人かという事を。
人生で体格が良かった時など一度も無いという母。若い頃の母の写真を見ると、色白で小さな顔にくりっとした丸い目が可愛い。そして小柄。
服飾関係の仕事をしており、現代で言うところの「Sサイズモデル」のような事もしていたそうで、写真の中の母は身につけている物がいちいちおしゃれだ。

母が独身時代に身につけていた服、これを私がジャストサイズで着たのは中・高校生の頃。
母が昔お気に入りだったというマリンボーダーのカットソー、ある日それを、中学2年位の私が着てみたところ、なんと丁度良いサイズだったのだ。

「うそ!?今、丁度良いの?これ、お母さんが20代の時に着てたのよ。」

20代の自分が着たものを、中学生の娘が着るという事実に大変ショックを受けていた母。
いや、私もけっこう衝撃だったのよ、ママン……。

その「おさがり」のカットソーを私が着ていたのは10代の時、大学生になった頃にはもうサイズアウトしていた。だって私、育ち盛りだったから。

私は本当にこのスリムな人から産まれたのだろうか。

あぁ、私の「橋の下で拾われた子」説が支持されてしまったようだ。


そんな風に体型はスリムな母だけれども、この人は大変に口が肥えている。
特に「あんこ・和菓子」にはうるさい。
実家へ帰省する時、時間が無いからと、東京駅で間に合わせに「鶏の雛の形をした菓子」や、「黒ゴマ餡が入った白い卵型の菓子」を買って帰ろうものなら、「あら~、わざわざいいのに。仏さまに帰ってきた報告してお供えしておいて」と優しく言ってくれるものの、自分ではほぼ手を付けない。
そして「雛の形の菓子」や、「白い卵型の菓子」はたいてい父が食べてしまう。

逆に、とても喜ぶのは「『黒地に金色の虎柄』の紙袋に入った『ようかん』」、竹の子の皮に包まれた大きなものも、一口サイズの小さなものでも、この店のようかんが大好物!
これを買って帰った日には、母の笑顔がはじけるし、「あら~!ありがと!晩ご飯の後で、みんなで頂こうね~!その前に仏さまにお供えしておいて!」なんてコメントが出る。
頂き物はまずお仏壇へ、これが仏教徒である我が家のルールだ。

しかし我が母、大変に分かりやすい女である。母の喜ぶ顔が見られるなら、竹の子の皮に包まれたようかんを買い占めて帰りたくなる。
あ、一応言い訳をすると、私は雛の形の菓子も、卵型の菓子も、虎柄の紙袋に入った竹の子皮包みのようかんも全部好き。大好きだ。ただ、我が母の好みがはっきりしているという話である。


そんな「あんこ」の好みがうるさい母が、愛してやまない「たい焼き屋」が東京にある。

人形町・柳屋

表面はパリッパリで香ばしく、内側は少ししっとりした食感の薄い皮、粒の残るあんこがぎっしり入ったたい焼き。一つづつ重そうな鋳物型を使った手焼きで、いわゆる「天然モノ」のたい焼き屋さん。
皮が薄い事も、あんこの粒具合も、甘すぎない味も、何もかもが「母好み」のたい焼き。
東京にはたい焼き屋は数あれど、柳屋は「東京三大たい焼き」と呼ばれる人気店、いつでも行列が絶えない。雨の日も、風の日も、常に行列、なんなら昼の開店前に行けども行列。私はこの店で並ばずに買えたためしがない。

私は年に何度か、この店へたい焼きを買いに行く。今回は、母の誕生日が近いので、実家へ送るべく仕入れに来た。
並んでいた人は10人程度。夕方の暗く冷え込む季節、今までで一番列が短いかもしれない。ラッキーだ。実家用に20尾程度を箱入りで、自分用の2尾はそのまま個包装の紙袋に入れてもらった。

焼きたてホカホカ、包装紙をかけてもらった化粧箱を抱くと温かさが伝わってくる。そして、たい焼き20数尾は、けっこう重い。2キロ以上はあるだろうか。
その重さと温かさを抱えて人形町からの家路を急ぐ。

帰宅して、たい焼き軍団は即冷蔵庫へ。一晩冷やしてから、翌朝クール便で発送する。クール便がある国に産まれて良かった。
猫の運送会社さん!よろしくお願いいたします!


そんな風にして、買ってから3日目、やっと母の愛する柳屋のたい焼きが実家に届く。「賞味期限?何それ?美味しいの?」という感じではあるが、その辺りの事については目を閉じて頂けるとこれ幸い。
母が喜んで食べてくれるならそれでいいのです。柳屋を贈ることは、わたくしができる数少ない親孝行なので。

届いた日の夜、さっそく電話がかかってきた。

「届いたわよー。寒いなか、遠くまで買いに行ってくれてありがとう。気をつかわせて悪かったわね~。」
「お父さんと一緒にさっそく頂いてるわよ。」

いやいや、さっそくどんどん召し上がって頂きたい。もう買ってから3日目なんです。
ところで、お母さんいくつになったんだっけ?28歳?あれ?27歳だった?

「何言ってるの!?お母さんは18歳に決まってるでしょ!忘れないでよ。」

あっはっはっはっはっ!!
そっかそっか!18歳かぁ~!そりゃ失礼しました!
いや~18歳おめでとう!青春真っ盛り、まだまだ人生これからだな!

「そうよ~。18歳も最近は膝が痛くて困るわ。でも来年は久しぶりに東京へ行きたいわね。あなたの家にお世話になるわよ。焼きたての柳屋も食べたいし。」

わかった、部屋掃除して待ってるよ。一緒に柳屋の店先で熱々パリッパリのたい焼き、食べようね。

膝が痛むお年頃の母に来年の目標を持たせてくれるもの。それが柳屋のたい焼き。
このたい焼き一匹が、もう決して若くはない「自称18歳」の母を前向きにしてくれると思えば、私はいくらでも買ってやりたい気持ちになる。

お母さん、お誕生日おめでとう。
健康で幸せな1年が過ごせますように。



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