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【映画批評】#27「Cloud クラウド」無産者の無産者による空虚な諍い

黒沢清監督が菅田将暉を主演に迎え、憎悪の連鎖から生まれた集団狂気に狙われる男の恐怖を描いたサスペンススリラー「Cloud クラウド」を徹底批評!
何も産まない者たちの未だかつてないカラッとした手触りのサスペンスは、読後感すら何もないからこそ豊潤!


鑑賞メモ

タイトル
 Cloud クラウド(123分)

鑑賞日
 9月27日(金)18:20
映画館
 あべのアポロシネマ(天王寺)
鑑賞料金
 1,300円(平日会員価格)
事前準備
 予告視聴
体調
 すこぶる良し


点数(100点満点)& X短評

75点


あらすじ

世間から忌み嫌われる“転売ヤー”として真面目に働く主人公・吉井。彼が知らず知らずのうちにバラまいた憎悪の粒はネット社会の闇を吸って成長し、どす黒い“集団狂気”へとエスカレートしてゆく。誹謗中傷、フェイクニュース――悪意のスパイラルによって拡がった憎悪は、実体をもった不特定多数の集団へと姿を変え、暴走をはじめる。やがて彼らがはじめた“狩りゲーム”の標的となった吉井の「日常」は、急速に破壊されていく……。

主人公・吉井を務めるのは、日本映画界を牽引する俳優・菅田将暉。吉井の周囲に集う人物を古川琴音、奥平大兼、岡山天音、荒川良々、窪田正孝ら豪華俳優陣が演じている。 監督は『スパイの妻』で第77回ベネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞した黒沢清。生き物のように蠢く風や揺らぐ照明、ぞくりと刺さるセリフ、雰囲気抜群の廃工場――前半はひたひたと冷徹なサスペンス、後半はソリッドで乾いたガンアクションと、劇中でジャンルが転換する斬新な構成で観客を呑み込んでゆく。インターネットを経由する“実体のない”サービスの名を冠した映画『Cloud クラウド』。

“誰もが標的になりうる”見えない悪意と隣り合わせの“いま”ここにある恐さを描く本作が、現代社会の混沌を撃ち抜く。

「Cloud クラウド」公式HPより引用

ネタバレあり感想&考察

意味ありげな空気を纏うが、意味はなさそう
空虚な者たちの諍いをむず痒く楽しむ

転売ヤーが知らず知らずのうちに恨みを買われていた複数人から追い詰められ、彼らとの諍いからガンアクションに突入!と聞くと愉快なエンタメのように思える。
しかし、その追い詰められるまでの描写がひとつひとつは地味でも、確実にイヤな有効打を打ち込まれ、ジリジリとコーナーに追い詰められる感覚は黒沢清イズム炸裂。諍いについても、主人公含めて登場人物全員が不穏さと突飛さを併せ持っており、独特な雰囲気でラストまで駆け抜ける。

仲間らしき人間が現れるが、ごく自然に不穏な未来を示唆して終わるのも逆に気持ちの良いラストでニンマリだ。秋子との関係も形だけの空虚なものだったにも関わらず、それでもそれを切望していた吉井の悲しみは本物なのに、観ているこっちは違和感を覚えてしまう。起きていることは中身もなく単純だが、積み重なっていくと非常に複雑に感じられる。人の心の動きや感じ方の曖昧さが可視化されているような感覚に陥る。

クラウドというタイトルの意味は、おそらく雲のような実体のない彼らの存在感や心情を表していたり、空虚な諍い自体が仮想空間上で起きているように映ることを指していたり、スペルは異なるがCrowd=群衆という直接的な意味も包含していると考えられる。ただそれはわからない。だって黒沢清だもん。

吉井狩りゲーム=ガンアクションの場面を振り返ろう。
ほぼ素人たちで繰り広げられるものなので、行われていることそのものは野暮ったいし、各人の動機がそもそも空虚なため、起きていること自体が気色悪いという面白い設定だった。
本当に人のために動く生産者になれる可能性のある存在は佐野くんだけという構図だ。それもゲームが終わると、菅田将暉演じる転売ヤーの吉井のサポートに活路を見出すのだから、やはり始末が悪い。あまり気持ちのいいものではない。そう感じるのは転売ヤーというのが虚業だからではなく、いまの世の中のあらゆる仕事がそういう側面を持ち合わせているからかもしれない。少なくとも筆者はそう感じているからこその居心地の悪さだった。

登場人物それぞれがもれなく他人を軽視している存在かつ無産者なので、諍い自体が本当に空虚である。これはネットやSNSで起こっているような炎上や吊るし上げの比喩だろう。本当にくだらないことに執着したり、勝手にキレ散らかす存在を指しているのだろうが、だからといって別に言いたいことはないんです的な思想のなさが黒沢清の良さだったりする。そういうものを映画的に表現したらこうなりましたというだけで、そういったノイズになりかねない思想や意見は極力排除している気がする。

自分の撮りたい画やお話にこういった設定が合うからそうしているだけみたいな、身も蓋もない感じが空虚でもあり、監督と作品の空気に合っている。今年、黒沢清監督作品は「蛇の道」も観たが、この作品は柴咲コウ演じる主人公の個人的な復讐物語で、本作は全く誰にも肩入れしていないどころか誰も何者でもないという物語だ。それなのに、結果それぞれが中身は違っていても、不気味さをまとうことに収斂していくのが黒沢清の不思議な才能というか、マジックがかけられている感覚に陥る。これが作家性というものだろう。

そえまつ映画館でのインタビューで監督が本作について、飄々と特に意味なさげに話しているあたりも面白い。監督自身が人のわからなさのようなものを体現しており、それを作品に不自然に落とし込み、観たあとには自然に感じられるような難しいことをさらっとやってのける。本当に不思議な魅力を持った唯一無二の映画監督だ。今なお進化し続けながら多作になっている珍しい監督だ。

佐野くん、君は何をされてる方なの?
全員何かしらの支配を受けている=地獄

役者陣は見事としか言いようがなかった。
長州力が良い試合をできたときによく言っていた「スイングする」に値する内容だった。主要キャストを振り返ろう。

普段はコメディリリーフ的な役どころが多い荒川良々は、本作では本当に不気味な存在かつ、実際社長も務まっている一端の男としての佇まいが同居していて唯一と言っていいぐらい奥行きのあるキャラクターだった。改めて考えるとこんなことをしていなければ、真っ当に生きられる唯一の存在だった。
全く空虚さがないとも言えるが、こんなことをしないと埋まらないほどの空虚さに苛まれていたのかもしれないとも捉えられ、一番面白くみられた存在。吉井狩りゲームの最中に生きる実感を得ていく様子は可笑しくも哀しい。

岡山天音も杜撰な生活と同じく、杜撰な選択で恐ろしい事態に踏み込んでいく、明確な意志なく生きる若者をごく自然に演じていた。本当にこういう役が似合う俳優だなと。笑

窪田正孝もラスボス然としていながら、菅田将暉演じる吉井への嫉妬心だけで逆恨みするだけの小物だったことで、最後に残った敵なのにあっさりやられてしまう贅沢使いとこの諍いの不毛さを際立たせる大活躍だった。登場人物ほぼ全員しょうもないヤツなんだけど、特に窪田正孝演じる村岡が一番そうだったというのが、落語的で面白い。顔と俳優としての格でそうじゃないと普通は思ってしまうから、良い配置だったと思う。

奥平大兼演じる佐野くんはベイビーわるきゅーれ世界でいう殺し屋稼業をされている方なのだと解釈していたが、ついでに吉井のSPもこなす有能。しかし、その動機が一切わからないのが気色悪い。なんならこの諍いを生み、コントロールしていた可能性すら感じる。本当に吉井からすれば「佐野くん、君は何をされてる方なの?(和田アキ子風)」としかならない。笑
その殺し屋稼業を脱したいのかはわからないが、吉井のする転売ヤーに次の活路を見出すのも視野が狭く、理解できない思考回路だ。今回の件で吉井から転売の極意をいつでも殺せるという恐怖による支配で得ることを期せずして企図してしまう危うさを感じさせた。

菅田将暉ほどの役者がここまで中身のないキャラクターを演じているのも、改めて考えるとスゴい。吉井は転売ヤーを専業とすることで、労働という支配から逃れることを目論む。しかし、人を食い物にすることを生業としたツケを、この空虚な諍いと文字通り物理的に人を食い物にできる佐野くんからの支配を今後受けることになりそうだという落語的かつ絶望的なオチを日本を代表するイケメン若手俳優が無精ひげを生やして演じている。一般的な菅田将暉イメージを持っている人にこそ、本作を観てほしい。もともと地獄へと突き進んでいたが、さらなる地獄への入口に立つ彼を観てイヤな気分を味わってほしい気持ちがある。

古川琴音の存在感も独特で良かったし、実は身近な他者=吉井への視点がものすごく解像度が低かったという結論にリアルさを持たせた。彼女こそ、他者へ自分の人生を預けることを簡単に選択してしまう空虚さを感じてしまった。

ほかゲーム参加者の脇を固めていた、赤堀雅秋、吉岡睦雄、三河悠冴もそれぞれ存在感があって素晴らしかった。特に吉岡さんの声は忘れがたい印象を残す。
赤堀雅秋の役は自分で出品すりゃいいじゃんという単純なツッコミで済まされる話でもなく、特に中小の専業メーカーは販売店との兼ね合いで直売はできない構造に支配されている。
それでもこのゲームに参加するのは逆恨みとしか言いようがないんだけど、この人も支配下にあり、しようもなかったというのも事実である。

みな、この地獄を生きるしかないというのが結論か…。
結論は何もないと言っておきながら、結局つらい結論に着地した。


まとめ

この映画、話や登場人物にリアリティがないという意見から酷評も散見されますが、個人的にはめちゃくちゃリアリティあると思います。
起きていることもそうですが、登場人物たちの感情や視野の狭さは現代どころか昔からの普遍的なもののように感じます。

それこそ闇サイト事件とか、もはや言いがかりですらないような動機による凶悪事件は昔からありました。リアリティがないと判断するのは、恵まれた環境にずっといたか、その人が見ないふりをしてきただけか、リアリティの判断軸が違うだけかなと。
この映画を観てどう感じるかを話し合うのは楽しそう。
そういう意味でもおススメです。


最後に

すぐに「犯罪都市PUNISHMENT」「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」が控えているので、スキップします。

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ご拝読、ありがとうございました。


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