裁判傍聴 日常的な道路交通法違反

 久しぶりに大きい地裁へと傍聴へと出掛けた。
 通勤ラッシュをより少し早めの時間に家を出たがそれでも電車内には人が溢れていた。今から仕事なり学校なりに向かう人に紛れて電車に乗っているとなんだか自分だけ社会にちゃんと属せていない様な、そんな疎外感が入り混じった不思議な気持ちになる。有給を取ってこうやって遠出することに未だに慣れない。
 
 少し風があり、陽の光も存分に降り注いでいたので普段であればタクシーを使うところ散歩がてらゆっくり歩いて裁判所へと向かった。
  その頃になると多くの企業が始業時間をむかえるからか人通りが落ち着きはじめ街が幾分歩きやすくなる。
 喫煙所に寄ってから裁判所についた頃には開廷時間をちょうど回った頃だった。慌ててセットリストを確認し、一番最初に目についた刑事事件の法廷へと向かう。
 
 裁判が始まったばかりといったタイミングで入廷した。運良く最前列が空いていたので前列に陣取る。
 
 罪状は道路交通法違反。この罪状が指す罪は幅広い。はてさて鬼が出るか蛇が出るか。どうせしょうもない案件だろうという諦めの向こうで小さな期待感がタップダンスを踊る。
 
 事件の概要としては、ある夏の日「田んぼに車が落ちている」という110番通報があった。周囲に人影がなく車から人がおりてきた様子もないという。警察官が駆けつけ、確認したところ車内には一人の男性が乗っていた。
 男性は無免許にも関わらず、自宅でビールを1,350ml飲んだ上で車に乗りカラオケ喫茶・居酒屋へ出掛けた。そこで焼酎を飲み、その帰路でハンドル操作を誤り田んぼに横転したということであった。
 出オチ系か、と少々がっかりしたような気にもなったがそれでも十分すぎるくらいの案件でもあるかと納得する。
 
 検察席には元ラグビー部とでも言うようなガタイの良いスポーツマン風だがインテリ的な空気を併せ持つ男性と中国系インフルエンサーを彷彿とさせるピンクのアイシャドウが印象的な女性。弁護側の席には若いツルリとした印象を抱く男性と白髪が目立つ小柄な古株の刑事のような風格を持った男性。
 証言台には誰も立っていない。刑務官も居なければ手前のベンチに被告人らしき男性も座っていない。
 被告人はその事故で怪我をして入院でもしているのだろうか。途中入廷したせいでそのあたりがわからない。
 
 早々に証人が呼ばれた。ちょうど私の座る席から右手、空席を挟んだ向こうに座る男性が立ち上がり証言台に立った。
 ストライプ柄のイタリアン・スタイルの細身のスーツを纏った明るい髪の50代半ばから後半くらいの男性が証言台に体重を預ける様な格好で手を付き宣誓をする。80年代のジャパニーズロックカルチャーを彷彿とさせる立ち振舞が目につく。声質もなんだかそこに寄せているようなふうで、少し長く明るい髪色印象的だ。
 宣誓を終え、椅子に座るとヒップポケットから覗くカービングが施された革の長財布がジャケットのかげからのぞいた。それらが彼の人となりを表している気がする。
 
 彼は被告人の20年来の友人で、現在機械部品加工を主に行うビジネス派遣業を営んでいるという。
 現在被告人をアルバイトとして雇用しており身元引受人として面倒を見ているという。
 検察側に被告人の仕事ぶりを聞かれると「抜群に良いです!」と食い気味に答えていた。質問に答える中で常に腕を組んでおり、検察側の厳しい質問などに対して途中苛立つ様な仕草も見せていた。にしても「抜群」て…。

 証人の男は検察からの質問に答える中で聞かれていもいない事を勝手に語り始める。それに対して検察インテリラグビーが半笑いで「それは聞いてないです。被告人に聞くべきことなので」と無慈悲に一蹴するも「私に言わせればね!」とそのまま押し通る姿も見せた。
 それらは爆発する自意識というよりも友人想いなところから来ている様で、全体的に被告人を庇うような発言が多く、現在は被告人が飲酒運転しないように彼が一人で住む一戸建て住宅で同居し、車に乗れない状況を作っていくという。
 友人とはいえ他人をここまで面倒を見ると宣言し、実際仕事の面倒までみるというのはすごい。私には出来ない芸当だ。そもそも狭いアパートでは友人と同居するスペースすら無い。
 
 それから今度は被告人が証言台に呼ばれた。弁護側に座っていた白髪が目立つ男性が証言台に立つ。思わず「お前が被告人やったんかい」と内心突っ込んでしまう。

 黒のアメリカ風のスーツに身を包んだ彼はどこか野暮ったい印象に包まれていた。日本人の体型でこういう服をチョイスするとどうしても野暮ったくなりやすい。なんだか日本版レザボア・ドッグスといったふうだ。まさに”吹き溜まりの犬”という感じでもあるのであながち間違っていないかもしれない。
 それでもスーツにメタルフレームでハーフリムのスクエアシェイプのメガネをかけた彼は真面目そうに見える。この見た目からは無免許飲酒運転という言葉はあまり結びつかない。
 しかし証言台に立ち、口を開いた瞬間なんだかその罪状も納得した。妙に舌足らずなのだ。こういう程度の低い犯罪を犯す人間的な発話方というか、なんだか納得させられる”ズレ”を感じる。こういったズレはなにが生むのだろう。
 
 彼は18歳の頃に普通自動車運転免許を取得した後、度重なる違反のために32〜33歳頃に免許取消しとなった。しかし何も起きなければ捕まることはない、と無免許で運転を続けていたという。
 しかし、そんなに都合よく何も起きないということもなく複数回道路交通法違反で逮捕されており本件は前年に起こした同様の飲酒運転・無免許運転での執行猶予中の事故である。
 前回の逮捕時には職場の上司が通勤などで使わないように監視し、車は廃車にするというところで執行猶予付きの判決となった。しかしその裁判中に廃車にしたはずであったが廃車手続きをする際に車屋に「廃車にする車と交換でいいから」とタダ同然で車を譲られたという。それに対して「いざとなったら売ればいいから」と受け取った。
 そういう背景から彼が前回の事件で何も反省していなかったということがわかる。そして結局その車を売ることもなく無免許運転生活が再開した。いざとなったら、の下りは言い訳に過ぎずもとから乗るつもりであった様に思えてならない。
 また、職場の上司にバレない様、職場の近くに駐車場を借りて使用するなど「悪いこと」だと理解した上で使い続けるところ悪質である。
 
 裁判を通しての彼の主張としては、仕事からプライベートまで何でも話す事ができた25年来の”大”親友が自殺してしまった事によって精神的に衰弱し正常な判断が下せなくなり飲酒が辞められず、飲んだ上で運転してしまった。という事と「そこに車があったから」という登山家ジョージ・マロリーを安易にオマージュした様な稚拙なものであった。
 私としては「そもそも正常な判断が下せない人間が車を運転するなよ」と思えてならない。人が死ななかったのが不幸中の幸いである。
 しかしそんなことも考えられないくらいにものが考えられるタイプの人間では無いのだろう。検察から「この事件を受けて社会からどう評価されると思いますか?」という質問に対して「評価されないと思います」という素っ頓狂な回答をしていた。
 この頭で免許を取得できたのが驚きである。それとも当時は正常に働いていた脳のエイジングが進んだとでもいうのだろうか。革製品やデニムのエイジングと違ってこれでは経年変化というより経年劣化である。それは進んでも何の深みも増さない。
 
 そんな彼に対してもインテリラグビーは容赦なく「無免許運転、悪いと思わなかった?」「居酒屋まで歩いて行けるよね?なんで乗ったの?」と詰め続ける。もうタメ口での質問の嵐だ。圧がすごい。
 しかし奥行きのない被告人には詰めたところで詰めしろのようなものがないので伝わっていない。しきりに「車があったから乗ってしまう」「便利さの誘惑に勝てない」とやはり的を射ない返答しか返ってこない。
 それでもインテリラグビーは滅気ずに「なんであったら乗ってしまうってことに気が付かないの?」と追撃する。その横では相棒の女性の検察が頬杖をついてニヒルな表情で空虚を見つめている。お前は何しに来たのだ。
 
 「前回の事件の執行猶予中の事件です。刑務所に行くということは覚悟していますか?」という畳み掛けるようなインテリラグビーの言葉に「覚悟はしていますけどぉ。今は〇〇さん(身元引受人の友人)も居ますしぃ。本当に反省しているので社会貢献をするチャンスがほしいです」と答えていた。果たして彼に貢献できる社会活動はあるのかという疑問は浮かんだが野暮であるし、いち傍聴人である私には発言権はない。
 
 しかしその友人には今までの無免許運転や違反については話して居なかった様で、なぜ前回の事件のときに彼に相談しなかったのか、という質問に対し「迷惑がかかるから」と答えた。そのぼんやりとした回答をインテリラグビーは見逃さない。「迷惑がかかるとはどういう迷惑ですか?」と詰め続ける。ただやはり被告人の男性も何も考えずに発している言葉であるためにそれ以上続かない。最終的には「突き放されたらどうしようという気になって・・・」と的はずれな言葉が返ってきていた。

 どこまでも不毛な問答である。
 
 検察側は同様の違反を繰り返しており改善の意欲が皆無であることから社会での更生は不可能として懲役1年2ヶ月の求刑。それに対し弁護側は親友の自殺により正常な判断を失っていた事、身元引受人が同居しサポートするということから執行猶予付きの判決を求めた。
 
 最後に被告人の男は「”今回は”本当に心の底から反省しています。何卒、何卒、執行猶予付きの判決をお願いします。もう一度、もう一度チャンスを頂きたい」と薄っぺらい懇願をしていた。
 リフレインした「何卒」という言葉は映画「下妻物語」のいちこの手紙が浮かび、「もう一度」という言葉はamazarashiの曲の歌詞が浮かんだ。
 
 もう一度、もう一度。駄目な僕が駄目な魂を、駄目なりに燃やして描く未来が本当に駄目なわけないよ。
 もう一度、もう一度。僕等を脅かした昨日に、ふざけんなって文句言う為に、僕は立ち上がるんだ。もう一度。

 
 amazarashiの秋田ひろむくんの書く曲と歌詞が私は好きだ。
 辛い日常を暮らす中で何度も助けられた。それでも彼にはこの歌詞を当てはめてはいけない。彼にはふざけんなって文句を言う権利も無ければ立ち上がってはいけないし、駄目なものは駄目だ。

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