副業を始めるレポ 準備編

 将来の不安などから副業を始める人は増えている。身近なところであれば本業と別にアルバイトをしながら家庭を支えている人も居たりするだろう。
 私の前職の上司はそれで慰謝料と養育費と住んでいない家のローンを支払ったりしていた。そして住んでいない事が問題となり一括返済を求められていた。
 
 幸い私はそういったしなければ生活が破綻するというレベルで副業を欲している訳では無いが、それでもやはり同年代の平均年収と比べて年収は低く、それにより平均値を著しく下げている自覚がある。なによりお金はあるに越したことはない。
 
そういう訳で私も昨今の不景気に立ち向かう為に副業を始めるべく動いてみようと思う。
 
 さて、ここでまず最初の課題となるのは何をするか、ということだ。現在では副業といえばアルバイトだけではなく簡単な事務作業やプログラミング、ライターだったり創作活動。それからSNS代行といった少し怪しさを帯び始めるものまで多岐にわたる。また、最近勢いを増しているのは投資あたりだろうか。
 これらから自分にあった副業を選ぶ必要があるわけだがこれに関しては私は趣味でもあるレザークラフトで制作したバッグの販売という手法を取ろうと思う。
 理由は簡単。なんだか職人みたいでかっこいいからである。
 
それにネットでの販売をメインにすることで比較的コストが抑えられるという点と人と対面することが少ないという点が大きなメリットだ。人見知りが激しい私としてはそこが大切な要素となる。
 
 次に必要なのは何か。

 商品だ

 商品がなければ何も始まらない。趣味として作っていたバッグもどこまでの趣味の範疇である。今まで型紙も起こさずその場の勢いのみで作ってきた。しかし商品となるとそうはいかない。一定以上のクオリティが必要になってくる。
 そして、そういったものを作るとなると「商品らしさ」が必要だ。自分の思うカッコよくて使いやすいものが万人にとってカッコよくて使いやすい訳では無い。その折衷案を見つけなければいけない。しかし、それでいて多数存在する作家の作品・商品との差別化も必要だ。
 
 商品を作る上でまず、私は道行く人々のバッグを観察してみることにした。
 
 まず、圧倒的に多かったのはリュックサックだ。今から登山にでも行くのかというくらいに大きなリュックサックをパンパンにしている人があまりにも多い。これらには比較的若年層が多かった。何をそんなに持ち歩いているのだろう。
 次に何がボディーバッグだ。これには二種類あり、おしゃれなKANGOLなどの少し丸みを帯びたフォルムのものからコメントに困ることが多い四角いフォルムのものをよく見た。
 後者の中でもコメントに困ってしまうタイプの特徴として、背面に背負う様にして使用している事と一部が革(あるいは合皮)で概ね3色で構成されており、数あるバッグの中からなぜこれを選んでしまったのか、という感想を抱かずには居られない。
 
 そして最後にハンドバッグ・ミニショルダーバッグの類である。これらはサイズ感と2wayのものが多かった為に二つを同一のカテゴリとする。サイズとしてはまちまちなところがあるがそれでも概ね縦20センチ横30センチに収まるくらいのものが多かった。
 
 他にもおじさんのサッチェルバッグや女子大生の何も入らないミニバッグなどあったがそれらは性別・年代で大きく分かれるものである為割愛する。
 
 この中で現実的に私が作れ、かつデザインとして好きな(作りたいと思える)ものを選定するとやはりハンドバッグ・ミニショルダーバッグの括りだろう。
 商品は今後増やしていくとしてまずは一つメインとなるものが決まった。これは大きな一歩である。
 
 商品が決まったところでショップとして、クラフト作家としての作品コンセプトとブランディングだ。なんだか楽しくなってきた。

 何より、革製品を扱うものとして一番掲げたいのは「経年変化」である。使い続けることで味が出るというのはやはり使いたいネタである。
 そして使い続ける上で大事になるのは「デザイン」だ。使い続ける中できっとその人たちのファッションも変わることだろう。それに合わせてバッグを変えるのではなく、使い続けてほしい。そういう想いを込めるとやはりシンプルなものに限る。
 恐らくこういう革製品が好きな人はファッションが変われどきっとそういうアイテムに合う線上のファッションを選ぶであろうがそうでない人でも手を出しやすいデザインである事が売上に繋がるのではないだろうか、と予想する。
 しかしここで問題が発生する。
 
 シンプルなデザインのものは世に溢れすぎているのだ。
 
 差別化を行う事が出来ない。価格で戦うにも企業の量産品には敵わない。売り出す前に負けが見えている。そうなるとまた別の何かが必要になってくる。複雑なデザインなどを組み込みすぎると製造コストが跳ね上がるしそもそものコンセプトから大きく逸脱してしまう。なによりそれが安定したクオリティで作り続けられるとは思えない。
 
 ここで差別化を行うならばどこか隙間を狙うしか無い。しかしネットの発達と比例してハンドクラフト品の販売件数も増えている。それにより市場もそれだけ発掘されている。思いつきで簡単に始めて簡単に稼げる世界ではもう無い。
 それだけに「ハンドクラフトで月〇〇万円稼ぐ方法」なんて怪しい情報商材まで売られている始末だ。需要と供給。映画”ウルフ・オブ・ウォールストリート”を思い出す。余談だがこの映画のプロデューサーは映画に資金洗浄で得た資金を出資した疑いで逮捕されている。裏側まで大変皮肉が効いている。そんな背景まで含めて好きだ。
 
 無い頭を捻り、絞り、ねじりあげてようやく出てきたアイデアは「革の染色」である。これであれば「一点モノ」感もあり、手法や色などでデザインの差もつけやすい。なによりバリュー(付加価値)を出すことにも繋がる。

 そして革製品初めて手を出す、あるいは興味を持って使い始めた、という人向けに当初考えていた本当にシンプルなモノも並列して作り続ければその分広い市場に対してアプローチすることが出来る。
 ひとまず試作として染料を作り試作品を一部染めてみた。これで今後どの様な経年変化が起きるか、そしてどういった手法で染めるのが最善かのテストを行っていく。
 コンセプトとしては「時代・性別・ファッションを問わず、どこかラフでタフな長く使えるありそうで無いバッグ」というところか。
 文字にしてみるとどこまでもファジーでどこにでもありそうな文言だ。一応ラフとタフで音のリズム感を意識してみたがそれにしては全体を通して間延びしすぎている。
 フレーズに関しては本筋は決まったが細かいところはもう一考必要そうだ。
 
 
 ここまでだけで随分とつまずいて来た。なんならもう這いつくばっているまである。しかしまだスタートライン。「ヨーイドン」でいうところの「ヨーイ」にもすすんでいない。
 その上でここから道がもっと険しくなっていく。
 
 【プロモーション】
 自社の商品やサービスを広く認知させ、購入に繋げる活動のこと。

 
 たった一行で表すことが出来る簡単な言葉である。しかしこれが難しい。なによりこういったことに関しては私はズブの素人であるし、これに失敗し活動を辞めた人間は凄まじい数存在するだろう。
 この時点でラスボスの様に感じられるがこれはまだチュートリアルである。ダークソウルも真っ青になる難易度だ。
 
 とはいえ、現代においてはSNSという頼もしい存在がある。現に様々な企業、ショップ、クリエイターなどがこれを利用し集客を行っている。しかし理論的には分かるがそれをプロモーションに活用するのは難しい。

 私のXのフォロワー数は現在時点で20人あまりで、その殆どは謎の怪しい「裏垢女子」である。
 ちなみにその数少ないフォロワーの中で唯一といっていい誇れるフォロワーは「鳥肌実」だ。彼からフォローが返ってきたときには思わず歓声を上げた。それはそれとして、やはりフォロワーを増やすというのは簡単なことではない。
 そんなXより随分前から続けている私の趣味のインスタグラムアカウントでも身内や知人も居た上で現時点でのフォロワーは317人。その多くは謎の怪しい外国人である。継続は力なりというが魅力のないアカウントには人は来ない。

 どうやったらフォロワーを増やす事が出来るのだろうか。それが出来なければプロモーションに繋げる事はできない。
 魅力的なものであったら人はついてくるだろう。しかしそんなものが簡単に分かったらフォローやいいね欲しさに奇行に走る大学生や胸元やボディラインを強調する写真ばかりアップする際どいアカウントは産まれないだろう。
 
 しかしいつまでも悩んで行動に起こさないでいても始まらない。とりあえず今回は商品を取り扱うものである為、写真(商品)を見てもらいやすい「インスタグラム」のアカウントを作成した。
 
 いざ商品の写真をアップロードしようとすると謎の羞恥心に苛まされた。自分で作ったものを自画自賛するのだ。そして誰からもフォローされていない、誰も見ていないアカウントでそれを行う。これが中々に恥ずかしい。
 仕事のようなものだ、と割り切ろうとしてもどうしてもブレーキをかけてしまう。
 
 なんとか奥歯を噛み締めながらアップロードしたがやはり誰も見ない。なんだか広場で一人で小学生レベルの一発芸をしている様な気持ちになる。誰かに見てほしくてやっているはずなのに誰にも見られたくない様な矛盾。なんだかタチの悪い露出狂のような気持ちである。
 
 それから、アカウントを切り替えてかわいい猫ちゃんのリール動画を見て現実逃避をしているとおすすめのアカウントの欄に今回私が新しく作ったアカウントが表示されていた。
 これ、まさか趣味のアカウントで繋がっている知人にも出ていたりしないよな?という恐怖が湧いてくる。なんだか知られたくない。恥ずかしい。
 悪いことをしているわけではないけれどなんか見られたくないのだ。しかしプロモーションに繋げるためには仕方がない。皆空気を読んで「フォロー」をタップしないで居てくれるだろう、と問題をウイスキーで胃に流し込むことで乗り切ろうとする。そのせいで今週のウイスキーの減りが早い。
 
 アカウントを作成して1週間。
 こういうものは毎日投稿したほうが効果的だということは分かっていたが、写真のストックが無いことなどを理由に数日置きの投稿となっている。それでも病的な数のハッシュタグと日々革製品の投稿をしている人達への「いいね」を繰り返すことでなんとか3人のフォロワーを手に入れた。
 もっとも、そのうちの一人は加工がされすぎて奇妙な顔でビキニ姿になった女性が「財テク」「収益保証100%」といった怪しい投稿を繰り返しているアカウントであった。
 こういうアカウントにしては珍しくフォロワーを買っていない様子で、彼女のフォロワーは70人であった。その中身は少し物事を考えるのが苦手そうな人達と彼女と同業であった。

 なぜ私のアカウントにはこういう怪しい人たちばかりが来るのだろう。とても悲しい。
 
 それでも滅気ずに投稿を続ける。投稿の内容も少しだけ方向性を変えて服も合わせてのトータルコーディネートの様な雰囲気も織り交ぜてみる。それにより見てもらえる可能性が高くなるのでは、と思ったのだ。
 しかしその予想は悪い方向で的中した。
 
 趣味のアカウントのフォロワーからフォローされたのだ。それも小・中・高の同級生からである。しかも無言でだ。最悪である。
「これ、お前のアカウント?」とかワンクッションおいてくれたこちらも冷静にブロックすることが出来るが妙に気を使って無言でフォローされるのが一番辛い。それも同級生で私の黒歴史の遍歴を知っているという背景を踏まえた上でこれである。
 これでフォロワーは4人に増えた訳だが純粋に喜ぶ事は出来ない。
 
 なんだかもう全てが嫌にすらなってきた。なぜこんな想いをしながら生きていなければならんのか、という気にすらなる。自分でやり始めたことでこんな気持ちになってさながら自傷行為というほかない。
 
 ただそのフォローしてきた同級生も今まで結構な黒歴史を残している。彼も私も黒歴史仲間だと言える。それになにより今後会うことは恐らく無い。葬式にも行かない。
 となればもういいだろう、ということにして彼の事は無視することにした。
 
 副業を始めるのはどうやらとても大変なことらしい。そう思うと「楽して副業!月100万も夢じゃない!」という怪しい広告にすがりつきたくなる気持ちもわかる。どうりでマルチ系やネットワークビジネス系の詐欺なんかも増えるわけだ。
 
 ひとまず現時点での課題としては「革の染色によるエイジングのサンプル作り」「染色によるデザインの考案」「キャッチーなコンセプト作り」「インスタグラムのアカウントの活性化」の4つだ。
 前途多難にも程がある。
 冷静に考えると他にも考えなければならないものがそれを併せて在庫の品質面での管理や発送時の梱包など次から次へと出てくる。流石にそこまで並行するには脳みそも肉体も足りないのでまずは上記の4つに絞っていく。
 
 まだショップも開設していないというのにこの有様だ。
 下手にうじうじ考えるより先にショップだけ開設すればいいのだ、という意見は恐らく多方面から出るだろう。しかしアクセス数0で誰からも需要がない中で在庫だけ抱える未来だけが見えて仕方がない。
 そんな状況で私の精神が正常な状態を保っていられると思えない。

 かつて大量に産まれて一瞬で消えていった白いたい焼き屋の様に借金が産まれないだけマシであるがそれでもやはり辛いものは辛い。辛い毎日から脱却する為により辛い毎日に飛び込む勇気はない。せめて息を整えてから飛び込まないと溺れる未来しか無い。なんなら準備をしっかりして息を整えて飛び込んだとしても溺れるときには溺れる。

 救いがない。

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