連載小説 『一人語り』(改訂版)・其の六

失礼します…。


…大手さんで禁煙ルーム…って、本当ににやってるんですね。

部屋ごとに空気清浄機まで…。


ええ、本当に苦手なんです。

祖母はもちろん、父も母も吸う人じゃありませんでしたし。

それに、その、…あの人も…。
あと、その前にお付き合いしていた人もそうでした。

…そうかも知れません。あらかじめ、煙草を吸わない人…って、私、無意識に。

あ、一杯目フリーの飲み物ですか?
じゃあ、…ジンジャエールを。


ええ、…たまに、無性に飲みたくなるんです…。

子供の時はそれほどでもなかったんですけれど、高校生くらいから好きになって。
「辛い」って言う子もいましたけれど、その辛さがいいんだって力説してました。

本当は、お祭りの屋台で売ってるラムネも好きなんですけれど。

……うふふ、そうですね。
確かにラムネの美味しさは,「お祭りマジック」なのかも知れません。


あ、ありがとうございます。

ええと、こちらは伍代さんの分。
で、こちらがジンジャエール…。頂きます。
…ああ、ジンジャエール、久しぶり…。

え、禁酒が明けた人みたいですか?

そうですね、…確かにここのところ、ジンジャエールの味なんてものをすっかり忘れてました。

私、今、お買い物は、ネットスーパーの宅配便でお願いしているんですけれど、
食料品ばかりで、嗜好品というものが世の中にあるなんてこと、すっかり頭になくて…。


ええと、…伍代さん、
本来は、こんな話をするために、わざわざここまでいらしたわけではないんですよね?

事件のことを聞きにいらしたんでしょう?


…あの、まずは私のこと、ですか?
私のことなんかどうして?

……ああ、すっかり忘れてましたけれど、
伍代さんは、「生還者」の私本人にもご興味があるんでしたっけ。
え、それだけじゃない、って…。

「しっかりしてて魅力的」…って、
……いやだ、私、しっかりなんて全然してないですし、魅力的でもありませんよ!
本当に、…二十八にもなって、ひたすら頼りないばっかりです。

…「取材対象の人間性に対する興味」、ですか?

分かりました。
取り敢えず、すぐ記事にするわけじゃない、と仰って頂いてますし…。

あ、一応レコーダーは回されるんですね?分かりました。…ええ、大丈夫です。

ええと、…どのあたりからお話すればいいですか?
私の子供の頃の話から?分かりました。



私、元々住んでいたのは隣町です。

父と母と、三人暮らしでした。小学校二年生の冬までのことですけれど…。

その少し前、小学二年の秋に両親が離婚して、
その後祖母に引き取られて、今住んでいる家に。


どうして両親のどちらかが、結果的に私を引き取らなかったかというと、
二人とも、それぞれ再婚相手が決まっていたんです。
父は会社の部下と、母は職場の同僚と…。


私が祖母に引き取られるまでの経緯と、母の再婚相手に関しては、実は非常に嫌な思い出があるんです。
…いいですか、こんな話?

では申し上げますね。
その、…両親の離婚が決定すると同時に、
それまで家族三人で住んでいたマンションと、それから私の親権は、母のものになることも決まりました。

私の親権に関しては、…まあ、この国では、特に当時は母親の方が有利、ということと、

ぶっちゃけた話、
新しい結婚相手と新しい生活を立ち上げるっていう「大仕事」を控えていた父には、

いくら実の娘とは言っても、離婚した相手の子供で、
しかも女の子である私は、
はっきり言ってお荷物だった、…っていう理由だったんでしょう。

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