見出し画像

思い出の武道館 Queen

Queenがデビューしたのは1970年代だったと思う。最初の頃、本国やアメリカではそこそこだったが日本でえらく人気が出て、70年代から80年代にかけて何度か日本にも来ていた。だいたいフレディ・マーキュリーは大の日本びいきなのだ。それが日本で歓迎されたからか、もともと興味を持っていたからなのかは知らない。

髪の毛ひらひらのフレディと、もわもわのブライアン、さらさらのロジャーに時々ヘアスタイルが変わるジョン・ディーコンの4人組は、当時ハード・ロックの洗礼を受けてDeep PurpleやらLed Zeppelinやらを聴きまくっていた女子高校生(わたしだ)の心をつかんだ。元はといえば、彼らのファンだったアマチュア漫画家のお姉様たちがきゃあきゃあ言って教えてくれたのだ。お姉様たちは大学生でその仲間には入れてもらえなかったけど、彼女らの作る同人誌を定期購読し、その中にマンガと並んでロックな情報はたくさん書かれていた。エアロスミスもキッスもそこで知った。

大学に進学して同人誌文化から離れてしまった頃、同じ女子寮の友人が

「クイーンのチケット手に入ったけど、行く?」

と聞いてくれた。

いくともさ! 

場所は武道館だった。何を着ていったかも覚えていないけれど(わたしのことだから目立たないダサめの服装だっただろう)、オペラグラスを持参していったのははっきりと記憶にある。席はC席くらいでステージは豆粒ほどしか見えなかった。

しかし豆粒であろうとその場の熱気は舞い上がるのに十分だった。本物のフレディがそこで歌うのだ。本物のロジャーが同じ場所で息を吸っているのだ(ちなみに一番顔がかわいかったのでわたしはロジャー・テイラーのファンだった。太古の昔から金髪系の英国男が好みなのだ。彼らの音楽は音楽で別に愛していたんだけどね。)

セットリストは覚えていない。Death on two legs で始まったような気がするけど嘘かもしれない。だってもう40年も前なのだ。いまこのnoteをたまたま読んでいる人の中で、このとき生まれていたのは何人いるだろう。

きらびやかな光の中でフレディの声は武道館の一番隅まで広がり、あたりを盛り上げていった。次から次へと続く曲。もちろんすべて知っている。だってなけなしのお小遣いでアルバムを買っていたからね。たぶん「オペラ座の夜」が出たあとじゃなかったかと思うんだが、だとしたら「ボヘミアン・ラプソディ」もやったはずなのだけれど。今となっては全く記憶に残っていない。わあわあと高揚し舞い上がる気持ちと紅潮した頬のほかは。

そしてアンコールは We will rock you だった。

武道館にいる全員があのリズムで足を踏み、手を鳴らす。わたしも……

わたしもやろうと思ってたんだけど。 
ドンドンパン!とノっている隣の友人に声をかける。

「ねえ、右のコンタクト落とした……」
「はい!?」
「さっきオペラグラスでフレディの顔を見てて、グラスを外した時に取れて落ちたみたい」
「ばかじゃないの!?」
「どうしよう」
「その辺にまだ落ちてるかもよ!」

友人とわたしは足を踏みならす人々の足もとに這いつくばり、一個落ちたコンタクトレンズを探した。武道館の床は土間で少し湿ってじっとり冷たかった。すみませんすみませんと言いながら(きっと聞こえなかっただろう)二人の女子大生は地べたを這って落とし物を捜したんだ。友よごめん。

「あった!!!」

驚いたことにコンタクトは見つかった。右隣の二人目の人の足のあたりにあった。それを拾い、まさか目にはもう入れられないのでバッグのコンタクトケースに戻す。We will rock you は最後の数小節が終わり、みんなが拍手して叫んでいた。

2曲目のアンコールがなんだったかも覚えていない。We are the championだったかもしれない。わたしはコンタクトを取り戻した安堵と、半分ぼけた視界と、We will rock you で一緒にのれなかった落胆とでごちゃごちゃな気持ちになっていた。さっきまですぐ近くで歌っていたフレディが遠かった。そしてそのうち4人は挨拶をして消えてしまった。

あああああああぽつんと残る虚無感。

そのときのフレディは髪が長かったとずっと思っていたのだけれど、もしかして記憶違いで、短髪だったかもしれない。衣装も覚えていない。体操選手みたいな白いやつか、ダイヤ柄のどう見ても変な(失礼! でもファンです)タイツスーツかなんかだったような気もする。

Queenは何よりその音楽が好きだった。ハード・ロックはビートが表に立つことが多かったが、Queenではメロディーが負けずに立ち上がり、ハーモニーが重厚でビートと絡み合って今まで聴いたことのない世界に連れて行ってくれた。すごく好きだった。フレディが亡くなった日はひとりで黙祷した。

今はもう、コンタクトを一緒に探してくれた友だちとも音信不通になってしまったけれど、あのときの高揚と仰天と落胆と空漠とした気持ちは今でもよみがえるよ。あなたは覚えているかな、あの日の武道館を。

わたしたち、青春だったよね。


ーーーーーーーーーーーーー

金曜ロードショーで「ボヘミアン・ラプソディ」をやっていたので、また思い出した若き日のあれこれです。

この記事が参加している募集

思い出の曲

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?