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夜を生きる

夜中にファミレスにいる。
トマトの効いたパスタは今日もおいしい。小さなコロッケもおいしい。明日もバイトで食いつながないといけない。朝から日雇いバイトをこなして、夜は居酒屋でホールをこなす。少し飲んだあと、ファミレスで夜食をしながら、ボーっと思いに耽っている。

その日暮らしを英語で言うとhand to mouthというらしい。直訳すると手から口へとなるが、なんとなくそれをその日暮らしと意訳するのが分からないでもない。

夜は長い。夜は昼と朝の間にあるわけだが、人生の半分を夜が占めている。
もったいない。夜寝るのはもったいない。
だから家に布団はない。正確に言うと、ずっと布団を敷いていない。冷たい床に少しの時間、転がっているだけで十分だったから。

滝のように吐いている時は、気持ちいい。何リットル飲んでも、吐けばいくらでも飲める。食わなければいいだけだ。タバコを吸えば、空腹は満たせる。

朝方、胃液しか出てこない時は地獄だった。ひたすらに水を飲んでは吐くを繰り返す。何時間か経てば復活する。

小鳥のさえずりが朝を知らせてくれた。
自由通りをとぼとぼと歩いていた。少し肌寒い。
目黒通りに入って更に東へ歩いていく。
時間は気にならない。今が何時何分だとか、全く気にならない。それを知ったからといって何があるのだろう。

朝日を浴びる。そして、コンビニに寄って家で朝食をとる。安っぽいカルビ弁当がうまい。頭をシャワーにあずけて、しばらくじっと垂れ流す。気持ちいいというよりは、気持ち悪いものを流してリフレッシュする感じだ。

宴会が終わる。今日は一件だけだったが、長かった。食べ物が散らかっている。もったいないことをするものだ、刺身と天ぷらが手つかずで残っている。たしかに宴会の予約は料理付きが条件だから、仕方がないのかもしれないけど、今時の宴会ってほとんど食べていないようだ。確かによくわかる。さっさと片付けて、宴会場は元どおり、今日も1日お疲れ様でした。自分で作った少し濃いめのレモンサワーを口に含んで、一服。

「ふられた〜」
となりで次郎さんがオウオウと泣いていた。ずっと付き合っていた彼が家から居なくなってしまったらしい。さっきから安い日本酒を何度もあおっている。
「歌いにいこうよ、辛いことも忘れちゃおう!」
けいこさんが慰めようとするけど、次郎さんの失意は底が抜けてしまって、どうにもならない。

けいこさんと二人で歌い続けたあと、けいこさんの家で飲み続け、朝を迎えた。もう何を話したか覚えてはいないけど、けいこさんのことが少し気になり始めたのはその時だったと思う。次郎さんは結局来なかった。

次郎さんが消えた。もう一週間お店に来ていない。連絡が取れず、家を訪ねても留守だった。
店長は新しいバイトを雇った。かなちゃんという女性だった。

真夜中の公園で佇んでいた。すると一匹の猫が現れた。じっとこちらを見ている。三毛猫だろうか、野良ちゃんにしては小綺麗だ。舌を鳴らして気を引いてみたが、反応はない。ポケットを探っても何もないので、睨めっこするしかなかった。やがて、猫が歩き始めた。追ってみると小さな神社にたどり着いた。そして暗闇の中へ消えてしまった。

閉店後、かなちゃんが猫の話をしていた。けいこさんがフンフンと話を聞いている。どうも自分がこの前に見た猫のことを話しているようだった。

天井を見つめながら昇天していた。けいこさんのテクニックは恐ろしいほどにすごい。口と手をどのようにしているか、未だ見たことはないのだが、この世の果てを感じさせてくれる。そして朝が来る。

かなちゃんが例の猫を飼い始めたという。お店から残飯を持って帰るようになった。ジロウと名付けたのは、けいこさんの影響だった。すでに去勢済みだったようだ。


その日暮らしをやめるときが来た。就職することになったからだ。日雇いとも居酒屋ともお別れだった。けいこさんとも少し前にお別れしていた。あとくされなど全くなかった。かなちゃんももういなかった。


暗い部屋のベッドに仰向けでいる。急にあの時のことが頭をよぎった。あの三毛猫が消えた神社の奥、そしてその猫がかなちゃんに飼われたこと。最近手に入れたオンボロのカローラに乗り、夜中の道路を飛ばした。あの神社まで。

神社は闇の中に静かに佇んでいた。梟がいるのだろうか、それらしき鳴き声が静寂な中に在った。

一匹の猫が現れた。あの時と全く同じだ。じっとこちらを見つめている。ところが、その脇から二匹の猫が現れた。どうやら勘違いをしていたようだ。
帰りの道を飛ばしながら、けいこさんと消えた次郎さんのことを考えていた。今もどこかでちゃんと生きているだろうか。

ふと夜空を見上げると、幾つもの綺麗に輝く星があった。まるでそれは昼間に降り注ぐ太陽光のように、体を包み込む。

若さは夜を生きている。


終わり

いつもありがとうございます。書きたいこと徒然なるままに書きます。