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浪人生時代の僕

仙台にある予備校に通うことになった。

予備校に通って学んだことは沢山ある。

まず、世界は広いということ。
高校はある程度同じくらいの学力の人たちが集まってくるから、なんとなく居心地が良かった。波長があっている感覚。でも、その予備校には県内、県外から多くの学生が集まってきていた。その中には有名進学校の人も沢山いたし、それまで生で聞いたことのなかった関西弁を話す学生もいた。それはいい意味で僕に違和感をくれた。自分の知らない世界を知った。

今まで見えていた世界はまだほんの一部だった

次に学んだこと。それは、自分が想像以上にシャイだと気づいたこと。
高校時代は授業での自己紹介や部活動があったから、友達は比較的できやすかった。学校がきっかけを与えてくれていたからだ。
それが予備校ではそんな機会はなかった。授業では先生の自己紹介くらい。「さあ、授業では勉強しよう」ということだ。
きっかけをもらえなかったから、友達はほとんど出来なかった。(と言い訳をしてる)何かきっかけを自分で探して話しかけようとすると心臓が尋常じゃなくバクバクしてきて、やっぱ止めようと諦める。
「コピー機先どうぞ」なんとか勇気を絞って話しかけたけど、緊張のあまりキモさが出たのか「いやいいです」冷たい反応に落ち込む。
そんな自分を知ることができた。

自分は人見知りだった

(結局、声をかけてきてくれた子1人、授業で一緒に課題を解くことになった子2人、計3人と友達になれた。ありがたや〜)

それから、勉強は面白いかもしれないと思ったことも予備校がきっかけだ。
正確に言えば、受験勉強ではなくて、新しいことを知ることが楽しいと感じた。
そう思えたのも授業の違いが大きい。予備校での授業は高校時代のそれとだいぶ違っていた。まさに、〝エンターテインメント〟
高校時代と言えば、
「はい授業始めます。教科書の35ページを開いて」
一方、予備校の授業は、
「はい授業始めまーす。の前に、昨日ね接骨院に行ってきたんだけどさ...」
そんでもっていつの間にか接骨院の話が勉強への取り組み方の話になってて、そこから「じゃあ昨日のつづきから」って感じで授業が始まる。それはそれは引き込まれますよ、先生 笑
そんな魔法にかかりながら、学ぶことの面白さを教えてもらった。

先生だけじゃなく、友人からもそういう影響を受けた。授業をきっかけで友人になったうちの1人の子だ。その子は早稲田の文系学部を目指していたのだれど、休み時間によく本を読んでいた。
それまであまり本を読んでいなかった僕は、彼におすすめの本を聞いた。
星新一の「ボッコちゃん」は読んだことがあったから、別な本を聞くと、

遠藤周作の「海と毒薬」をすすめられた。

太平洋戦闘中、捕虜となったアメリカ兵を人体実験の被験者にした事件

を題材とした小説だった。医学部を目指していたから、病院での物語がハマったというのもあるかもしれないが、
何よりも「うわ!言葉に出来なかったその感情言葉にしてくれてる」だった。小説中に出てくる描写にいちいち共感した。
人の言葉のありがたさと、その人が持つ世界観・感性に触れられることの喜び、知らなかった世界を知ることの面白さ、本からは沢山の学びがあった。

知らない世界を知るのって面白い

そんな感じで予備校時代を過ごしていた。
が、肝心の学力はと言えば、「学ぶことって面白い!」という気持ちとは裏腹にゆっくりとしか上がらなかった。公民館のスロープくらい穏やかな傾斜角。ホスピタリティはある。

1年目 センター 70-75%
2年目 センター 80-85%

年々10%ずつ上がってきてはいたが、医学部には到底届かない得点だった。
二次試験で特に重要な数学も伸びず、結局医学部は不合格。

医学の研究ができる学部であること、関東への強い憧れがあったこと、学費が安いことなどを考えて、横浜の大学に進学することにした。

挫折①:医学部受験失敗

自分への自信の無さを克服することはできなかった。


つづく
___
p.s. 浪人時代よく食べていた立ち食い蕎麦屋に行きたい。

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