見出し画像

掃除の会に参加する しあわせ⑤~自分がしたことや使ったものなどを最後まで責任をもって扱い、後始末を意識することで、成功していく。

毎日にではありませんが、定期的に、徹底的なトイレや街頭清掃を続けているのは、一人の時とは違い、仲間の存在が大きく、また、掃除から得られるものを実感し始めてきたことが大きいと思います
ここで、私が感じた掃除の会の良さについて振り返ってみたいと思います。

参加して感じている掃除の会の良さは次の通りです。
➀ 掃除をきっかけにして、人とつながれる。ご縁が広がる。いい人ばかり。
② 自分に自信が生まれる。自己肯定感が高まる
③ 「気づく力」が上がる。それが、仕事や生活の質を上げることになる。
結果、成功する。
④ 仲間の発信を受けて、自分の気付きが深まる 
⑤ 地域に愛着がわくようになる 
⑥ 後始末について考えるようになり、自分がごみを捨てない人になれる

⑥ 後始末について考えるようになり、自分がごみを捨てない人になる

現在は、私が子供だった時以上に便利な世の中です。自分が何もしなくても勝手に周りが動いてくれるものばかりです。

例えば、自動ドア。前に立ちさえすれば、ドアが開き、閉まってくれます。
例えば、トイレ。自分が離れると水が流れてくれます。
例えば、電気のスイッチ。センサーが働いて、電気がついたり、消えたり。
 
 便利でありがたいのですが、自分がしたことにけりをつけられない、後の事を考えて動けない、そんな習慣になっています。
 
また、水洗便所やごみ収集で、生活は便利になりましたが、自分が出したものを「見ないようにする」「見えなくする」ことで、「誰かが何とかしてくれる」という、最後まで責任をもつ姿勢を失ってしまいがちです。
 
 普段は、汚いと言って敬遠しがちなトイレ(掃除)。
 しかし、トイレがなくなったり、使用できない状態になったら、大変なことになります。

 知人の話ですが、震災直後の避難所暮らしの中で、「トイレで困った」ときいたことがあります。ライフラインが復旧しない間は、トイレの水が流れない状態で、避難所に大勢の人が住むことになるので、いつしか、トイレは   
みんなの汚物であふれ返り、大変な状態になったといいます。
 そのため、できるだけトイレを使用することを我慢したそうです。
 しかし、そうはいっても、排せつしないわけにはいかないので、避難所でボランティア、学校の先生や生徒、市の職員の方々が、手でつかみながら排せつ物を袋に入れ処理してトイレが使えるようにしていったそうです。
 
 ある意味は、「トイレさん」は文句ひとつ言わず、私たちの汚物を受け止めて流してくれています。生活に欠かせないトイレなのに、掃除の会に参加し、トイレを磨くまで、意識すらしていませんでした。

 また、最近はマイクロプラスチックが話題に出てきます。

 これも、結局のところ、ゴミがうまく処理されず(ポイ捨てが大きい要因です)、海に流れることで、食物連鎖を経て、人体へも取り込まれて、何らかの影響があるのではないかと懸念されています。
 また、家で飼っていたペットを捨てることで野生化したり、周辺の生態系を壊したりすることが社会問題になってもいますが、どちらも、「後始末」をしっかりできないところに起因しています。
 
 トイレ掃除や街頭清掃で、汚れやごみと向き合う中で、後の事を考える習慣がつきました。そして、そのおかげで、不燃ごみの処理なども、ゴミ清掃員やごみ処理をする人が、困らないようにするためにどうすればいいかなどを考えてごみを捨てるようにもなりました。

当たり前と言われればそれまでですが、掃除の会に参加して改めて学び直す機会となりました。そして、自分の手を汚して掃除をする分、自分からごみをポイ捨てしようとは思わなくなりました。
 
皆様の心にのこる一言・学びがあれば幸いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?