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恋するカルビは葡萄サワーに落ちる。

某焼き肉店。怪しい集いである。妙齢の女が4人と、同じく妙齢の男が1人(彼女持ち)。肉を焼きながら語り合うのである。

己の恋について。

刺激的だ。
若い男女の健全な談義である。
そう、酒と旨いソフドリが必須の。

これは、ワタクシ、葉山の所属する大学吹奏楽部のサックスパートとその恋愛に関する記録である。1ページ目には問題のその五名の名が記されている。

3年アルトの「ヒカリ」、
2年アルトの「リカ」、
3年テナーの「キキ」こと私、
1年テナーの「ユカ」、
3年バリトンの「アキラ」



はじまりは、こうである――

誰か牛タン食うかぁー? と、アキラが網をつつくその時、ユカはコーラを片手にニヤついていた。

「ユカちゃん! 好きなタイプは?」

ヒカリ先輩とキキ先輩のダル絡みにユカは口を開く。

「えっとー、前に付き合ってた人は……」
「ええええぇぇぇぇ!?!?!?」

ユカが言い終わるのも待たず、五月蝿く騒ぐ3年とケラケラ笑ってるリカ。

ヒカリはガックリと肩を落とし、ビールに口をつけた。

「これでアタシの仮説が……吹部女は付き合えないって仮説がぁ……。あーあ。なんでアタシにゃ彼氏いないんだよ! こんなに良い女なのによぉー」

「欲しいって思わなくなった時にできんのよ」

「みんなそう言うけどさぁー、今まで何回もあったよ、別にいらねぇーなぁって時。でも、できんかったもん!!!」

「同情するよ」

アキラは焦げ始めたタンをヒカリの皿に乗せて言う。

「おま、調子に乗りやがって!」
「ヒカリ先輩は可愛らしいですから大丈夫ですってぇ」
「あ、そう?」

流石だ、リカよ。2年目ともあれば、こうも華麗にフォローできるのか。私はうんうんと頷きながら白桃サワーをゴクリ。

「あー、でもアキラ、ついこの前まで彼女と破局の危機だったんでしょ?」

そう言ったヒカリは、蛇のような目つきでアキラを横目に見る。ちょっと良いこと言われたところで、ヒカリが彼女持ちアキラを許すはずがなかった。

あからさまに唾を呑むアキラ。2杯目の葡萄サワーをガブ飲みし、喉を潤す。そして、誰よりも目を輝かせて話の続きを待つのは、後輩2人であった。

「いや。まあ。あー。振られると思ったわ。正直」

アキラは一語一語、妙に間を置きながら話す。
ヒカリが彼からトングを取り上げ、ハラミを並べる間、アキラは話し始めた。彼の視線は窓の外に見えるどこか哀しく美しい夜景に注がれていた。

「まぁ、なんだかんだで1年付き合ったことになるんだよな。ちょうど1ヶ月前だよ。あー、1ヶ月と4日前。彼女に言われたんだ――」

げぇ。すっごい細かく覚えてるじゃん。ちょっとキモい。
と思ったのは内緒。

『なんか、最初の頃と比べて自分の気持ちがわからなくなったって言うか、本当にアキラ君のことが好きかどうか、わかんない。だから1ヶ月、距離を置いてくれないかな』

苦しい顔で彼女のお言葉を言い終えるとアキラは視線をハラミに落とし、網に箸を伸ばす。ヒカリはすかさず、その箸を叩く。「まだ焼けてない!」

「そ、それで、どうなったんですか?」

ユカの問いかけに、アキラは哀しくも幸せを噛み締めるような、とても21の男がするとは思えない、曇った溜息をつく。

「適切な距離を保って付き合おうって言われた」

それは、、、俗に言うキープってやつでは?
そう言う代わりに私は呟く。

「女って気まぐれだな」
「ごもっとも」

頷き合うヒカリとキキ。クスクス笑うリカ。

「やっぱ、あんたベタベタしすぎなのよ。ま、でも良かったじゃない」

ヒカリは”ちゃんと”焼けたハラミをアキラの皿に乗せてやる。

「やっぱそういうの聞くと、意外と彼氏なんかいなくても1人で生きていけるしなぁ、とか思うのよねー。いなくても良いけど、いるともっと楽しい的な?」

私がそう言うとアキラが笑う。

「キキちゃんはマジそういうところだよな」
「は?」
「これ、そっちの端置いて」

アキラが差し出す食べ終わったご飯茶碗。覗くとまだご飯が残っているではないか。

「ご飯粒食べないの?」

私は茶碗を突き返す。アキラはウッと漏らしながらも米粒を箸で丁寧に摘む。ちょっとわざとらしい。

「キキ、そういうとこだよ」

ヒカリはそう言ってビールを飲み干すと次のドリンクを選び始めた。

「はぁ?」

「やっぱり、先輩は外国人と付き合いそうですね」

ユカよ。やっぱりって何だ、やっぱりって。

「それさー、マジでみんなに言われるんだけど、どういうことなの?」

私は空いた皿を重ねながら思い返す。かれこれ中学生の頃から、ことあるごとに言われる。
「外国人の彼氏がいそう」
何なんですか? どういう意味なんです?

「なんで日本人じゃダメなの?」
「ぶっちゃけどっちが良いのよ。日本人と外国人」

尋ねるヒカリ。

外国人ったって色んな人がいるしさぁ。もちろん日本人も色んな人がいるし……。

「人によるよ」

私がそういうと、ユカは「あー」と漏らす。

あーってなんなの? あーって。

「やっぱ、キキちゃんはイイ女過ぎるからさ」

ソーセージを焼きながらアキラの一言。

君、今適当に言っただろ? 何で苦笑いしてんだよ。

「前から言おうと思ってたんですけどぉ――」

この流れで次に口を開くのはリカだ。

「先輩って甘えたい派って言ってたじゃないですかぁ?」
「うん」「えええええぇぇぇぇぇ!?!?!?」

おいお前ら、何故そんなに驚く。

「だから多分、お付き合いされるのはキキ先輩にベタ惚れの犬系外国人の方だと思うんですよ。それで、先輩の甘えたさんな一面にギャップ萌えでやられるだろうなぁ、と思いますね」

「あああああ。わかるなぁ」

間髪入れずにもだえるアキラ。それを見て爆笑するヒカリ。
お前ら、ちょっと馬鹿にしてるだろ。

「あ、先輩。外国人と付き合いそうな女性っていうのはこういう感じらしいですよ」そう言い出したのはユカだ。

・気が強くて言いたいことはハッキリ言う。
→だから日本の男には手に負えない。

・お互いに自分らしさを尊重したい。
→だから日本の男には手に負えない。

とかなんとか。

検索結果を読み上げるユカと、首がもげる程頷くアキラ。
こらアキラ! 頷くな!

「需要と供給ってやつですねぇ」

良い感じに締めようとするリカ。

「ま、私のことはよーわからんけど、結婚式には呼んでくれよ」

私がヒカリの肩をつつくと、ヒカリはこちらを見る。

「最近みんなそれ言うよね」
「やっぱそれって、近しい友達かどうかっていうステータスに関わるからじゃない? 全員を呼べるわけじゃないからさ」
「そーねぇ」
「じゃあどうなの? キキとアキラは呼んでくれんの?」
「もちろん、俺は呼ぶよ!」
「え、マジ?」「めっちゃからかうけど良い?」

すると俯いて照れるアキラ。

「あーあ。わたしら、もう21なんだよな」思わず言ってしまう私に、
「やっぱりぶりっこしなきゃだめかねぇ?」と言うヒカリ、
「男って馬鹿だからなぁ」アキラはそう答える。

「いや、女だって怖いのよ。ありゃ計算だからね。何が何でも自分の遺伝子は残してやろうっていうさ」

ヒカリが言うと後輩2人は息を呑んだ。

「それな、女だってそういうところはあんま男と変わらんのよ。所詮は生存競争だからさ」

私はそんなことを言ってみる。

「あー。聞きたくなかったなぁ」

アキラは哀しそうに箸でカルビを持ち上げる。

「あんたのカノジョだって絶対そうだからな」

ヒカリがそう言い放った瞬間、彼のカルビは手元の葡萄サワーに水没した。

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