見出し画像

教職の神様は悪戯っ子

第一に脅された。母校での教育実習オリエンテーションにて。ひょうきんな先生が話していたと思えば、仏頂面の男が現れ、後から聞けばそれは副校長だと言う。

「教育実習は何よりも優先させるべきだ。君ら実習生が来ることは、こちらにしてみれば迷惑でしかない。そのことはわかっておくべきだろう。それでも君らは教師になるためにここにくるのだから、我々は面倒を見る。逆に教師にならないなんて、だったらどうぞ辞退してください」

一応母校ではあるものの、私は彼を知らない。そこで思ったことと言えば、ただ「私は教師にはならねぇ」である。

正確には、あまり有力ではない選択肢の一つであるだけだ。

大学院に行きたいとか。
異国に住んでみたいとか。
一般企業に就職するなら教育系が良いなとか。
マルチリンガルな働き方もしてみたいとか。

希望科目である英語は好きだ。教えるのも嫌いじゃない。教育の仕事をとても魅力的だとは思っている。でも、教師は違う。

私は学校が嫌いだった。学校の先生に関する良い思い出もこれといって思い浮かばない。

英語を教えるという知識と能力、そして教育とはなんたるやを知りたかったから教職課程の履修を決めた。もちろん、修了の証に教員免許を得ると、教師になることが可能となり、これまでの学びとスキルが証明される。

教師にはならない。でも教師をやれる人間にはなりたいと思う。だからこれまでも真面目に取り組んできたし、来たる実習だって真剣に取り組む心意気だ。私がかつて大嫌いだった学校生活だが、一度実習が始まれば誰かのその1ページに私が組み込まれることになる。だからそれなりの責任があると思う。

でも教師にはならない。
ああ、なんてことだ。副校長の話を聞いて確信を深めてしまったではないか。
行きたくねぇと思っていたオリエンでとんでもないこと聞いてしまった。

教育実習=教師
こうして私の未来は狭くなっていくのだと思ったその感覚は、かつて学校でなんとなく感じていた不安と同じ気がする。閉まっていく扉をこじ開けるのも勇気と労力がいるのだ。

神様ぁ! 意地悪過ぎるよぉー


今回のオリエンテーションはいわゆる内諾交渉というやつだ。オリエンの後、筆記試験と面接があり、それを通過すれば晴れて教育実習の約束を取り付けることができる。

英語科の志望者は四名。
私と、
同級生と、
香港から来た留学生と、
現在社会人10年目の卒業生。

全部終わったあと、最寄り駅までの帰り道。私はその社会人10年目の方こと水谷さんとお喋りしながら歩いた。

彼女は新卒で医薬品系の商社に就職。そして程なくして医薬品メーカーに転職し今に至るらしい。

転職理由は、
「前の会社はちょっと給料が安すぎました」
と。

大学時代はゴリゴリの理系だったけれど、昔から英語が好きで、やっぱり私は英語と関わる仕事がしたいんだと思い直した彼女。私が異国で生計を立ててみたいと言えば「それめちゃめちゃわかりますよぉー」と言ってくれた。


「葉山さんは教員になられるんですか?」

「いやー、あまり大きい声では言えませんけど、というか、先生方の前では口が裂けても言えませんけど、私は教師にはならないと思うんです。水谷さんは免許取ったら今の会社は辞めるんですか?」

「そうですねぇ。教師になろうと思ってます。やっぱりここまで何となくで来てしまったんですけど。最近になって、本当は英語で仕事をしたいんだって思いが大きくなってきて。こんな風に働きたいって、意思を持って仕事をしたいなってようやく思えたんですよねぇ」

水谷さんはニコニコと話す。「自分がこんなんだから、この経験を活かして生徒の迷いにも向き合えるかなって思ってます」と。

それを聞いた私は、なんとなくだ、そうなんとなく、ただ話題の一つとして、こんなことを話してみたくなった。

私は留学するのだが、その場合教職と四年間での卒業は両立できなくて、すると卒業に5年目まで掛かること。でもその後、大学院の修士課程までは進みたいと思っていること。そのあとはどこか違う国に住んでみたい気もするし、どこか教育系の企業に勤めるのも楽しそうだと思うけれど、でもでも、そう思うならさっさと就職しないといけないか。だって周りの人はもう就活をはじめているし。でもやっぱり院を諦めたくはないし……

水谷さんは、うんうん、と聞いてくれる。そして私が話し終わると彼女は口を開いた。

「私はみんなと足並み合わせてなんとなくで就職してしまったんですけど。世の中、大学生の自分が思っていたよりも色んな人がいて、色んな生き方があるんだってことには就職しちゃってから気づくんですよねぇ。だからそうやって実際に目の当たりにしていると、すぐに稼がないといけない事情がなければ、焦って就職する必要はないと思います。やりたい時にやりたい事をやったら良いんですよ!」

えぇ、水谷さん……

カッケェよ!


本当は出身中学で実習したかったけれど、留学の都合上、出身高校しか選択肢になく。嫌々行った高校のオリエン。そこでこんなお言葉と巡り会えるなんて!

神様ぁ! ありがとうございますぅー!


駅に着くと、水谷さんから連絡先交換しませんかと言っていただきまして、無事連絡先ゲットだぜ! した葉山でございます。

閉じかかった未来への扉がいともたやすくフルオープンになりまして。
私の座右の銘コレクションがまた一つ豪華になったのでした。

・できないなら、できるようになれば良い。
・気づいたときが一番早い。
やりたい時にやりたい事をやれば良い。NEW

この記事が参加している募集

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?