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白鳥1|短編小説

空はどこまでも青く、咲き始めた花々は庭園を満たすように瑞々しい香りを漂わせる季節。

祭壇の前の花嫁は柔らかい微笑みを浮かべていた。包み込むような優しい日光に照らされた彼女の肌は白く透き通り、艶のある黒髪はその光を纏っている。

義兄の花嫁は美しい人だった。白い婚礼服に身を包み、たおやかに佇むその姿はまるで白鳥のようだと人々は感嘆の声を漏らした。しかし同時に、その祝福の声には軽蔑の囁きも混じっていた。

「あの方に妃が務まるとはとても思えませんわ」
「ええほんと」

式が終わり、召使い達が宴の準備に走り回る中、貴婦人方は飾り立てた扇子を口許にあてコソコソと噂話をしていた。

彼女達を視界の端に収めつつ、メイは群衆に視線を這わせてナタリアを探す。メイは一秒でも早く、この胸元に大きく家紋が刺繍された正装のドレスを脱ぎたかった。これから始まる宴ではナタリアのお気に入りである、あのパープルのドレスを着るのだ。

テーブルの向こうにそれらしい人影を見つけたメイは貴婦人方の前を通り過ぎようとする。ちょうど目の前を歩くとき、メイは彼女達の口にする軽蔑が自分に向けられているのを感じた。

「大公様は何故あのような方を公妃にお選びになったのでしょう?」
「きっとそういう家系なのでしょうよ」

耳に入った言葉にメイは身体を硬くする。

早く彼女達の声が届かないところに、ナタリアの傍に行きたいと、そう焦ったメイは脚がもつれて転んだ。為す術もなく、メイは庭園の土に両手をつき頭を垂れる。

貴婦人方はあっと声を上げたが、直ぐに何も見ていなかったかのように取り繕い、メイから距離を取った。周りの参列者達も集まってくるが、顔を見合わせるだけで遠巻きにメイを眺める。誰一人として、メイに声をかける者はいない。

非嫡子であるメイにとって、それは厳しくとも変えられない現実だった。

先の大公と女中との間に出来た子ども、それがメイだ。昨年大公の座を継いだ兄とは腹違いの兄妹である。それ故、メイは家にとっても国にとっても厄介な存在に他ならなかった。

大公の娘ではあっても、出生の秘密を知る貴族達からは後ろ指を指される。メイを一人の人間として尊重し、愛してくれるのはメイと姉妹のようにして育ってきた侍女のナタリアだけだ。

貴族達の自分を蔑む話し声は絶え間なくメイに降ってくる。恥ずかしさと悔しさ、やるせなさがい交ぜになり、嫌でも目に入る胸元の刺繍でメイはいっそう惨めに感じられた。

膝を折ったままでいるメイの鼻先に微かな香油の香りが届いたとき、ヒソヒソ声はざわめきに変わり、土に映るメイのシルエットにすらりと長い影が重なる。はっとして顔を上げるとそこにいたのは、メイの義姉となる花嫁その人だった。

「立ちなさい」

彼女はメイを見下ろしてそう言う。

昨日までは一介の町娘だった女にさえメイは命令され、見下されるというのか。メイは睨み返すが、彼女の表情は変わらない。

「この国の公女であるなら、立ちなさい」

少し低い声で再度静かにそう言うと、新しい妃は自らの手を差し出す。メイは躊躇った。一体なんのつもりでそんなことをするのだろうか。しかし自分に向けられたその瞳にメイを馬鹿にするような影はなく、むしろ真摯な眼差しのように思われる。

メイは大勢の目線を感じて迷いつつもその手を握った。何となくそうしたいと思ってしまった。

メイに差し伸べられたその手は、ナタリアの手と同じだった。グローブの上からでも新しい妃が貴族の娘ではないことは明らかだ。その手はよく働く手であり、苦労を重ねてきた手である。メイが掴んだその手はグッと力を込めてメイを引き上げた。

立ち上がったメイの目の前には彼女の顔がある。驚くほどに深く青い彼女の瞳にメイは吸い込まれそうだと思わずにはいられなかった。咄嗟にその瞳から視線を外すと今度は紅色の唇がメイをとらえる。

「姫様!」

ナタリアの声でメイは我に返った。人だかりをかき分けて駆け寄ってきたナタリアは妃がいることに驚き慌てて頭を下げる。妃はそれを認めると柔らかく目尻を下げた。

「姫様、お着替えに参りましょう」

ナタリアがメイの腕を取る。ナタリアの手が触れるとそこが彼女の体温でじんわりと温かくなり、今はそれがたまらなく心地好い。

「レーカ!」

妃もまた、大公に呼ばれそちらに足を向ける。

「お義姉様」

去って行こうとする背中にメイは思わず呼びかけた。

彼女は振り返り、僅かに目を見開いたが優しげに微笑む。そしてまた義兄の方に目を向け、行ってしまった。

公女であるなら。ナタリアに手を引かれながら、メイは彼女が放った言葉を何度も反芻した。



Twitterで最恐の悲恋を書くと宣言しまして……とりあえずこれを第一部とします。今はまだ序盤すぎて最恐でも悲恋でもありませんが……笑

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