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俺のベストデート発表会

芋子「『俺のベストデート発表会』!!」

部長・副部長「イエイ!(拍手)」

小野「いきなり何が始まったの?」

芋子「『小野と芋子シリーズ』30回目にしてようやく文芸部らしい活動をします。TBS『ジョンソン』で好評だった『俺のベストキス発表会』をパクリアレンジしたものです」

小野「その回、視聴率たったの1.9%なんだけど……」

部長(♂)「ルールは簡単。これまでの人生で最高だったデート体験を、1500字以上のショートショート形式で執筆してもらう」

副部長(♀)「あくまで創作小説のテイなので、多少の脚色は認めます」

小野「本家は再現ドラマなんだけどね。もう色々違うじゃん」

芋子「最初の挑戦者は小野先輩です」

小野「最初というか、俺しか書いてきていないんだよ」

芋子「意気込みのほどは?」

小野「最高のデート以前に、俺は1回しかデート経験が無いのよ。しかも地味なやつ。やむを得ずそれをベースに執筆したから、あまり期待しないで欲しい」

芋子「それでは早速読んでみましょう。タイトルは『冷たい感触』です」


冷たい感触 【ショートショート】

 携帯電話に映る顔写真をチラ見しつつ、改札の向こう側から君を探す16時。茶髪のロング、違う。赤いフレームの眼鏡、違う。中学の制服、この人も違う。

「遅くなってすみません!」

 黒髪ショート、ラピスラズリのカラコン、そして隣町の高校の制服。君は写真で見るよりも容姿端麗で胸の鼓動が鳴り止まず、いやいや僕も今来たところだからとテンプレで返してしまう。

 ***

『はじめまして⭐️ メールありがとうございます‼️ 私もネコちゃん🐈大好きです❤️』

 絶望のあまり、メル友募集サイトに手を出したのは一週間前の事だった。10人にメールを送り、うち9人は返信の文面からしてサクラだった。唯一、本当に同い年の女子だったのが吉川美南みなみ

『パニエちゃん🐈可愛いですね‼️ 私も猫飼いたくなってきました😻』

 まだ顔も声も知らないのに、絵文字で彩られたメッセージを読むだけでモノクロの僕は救われた。だからこそ彼女を逃したくなくて、返信文を考える僕の右手親指はいつも震えていた。

 ***

「あ、このアメショーちゃん可愛い! パニエちゃんみたいですね!」

 メール交換を始めて僅か一週間で僕等はデートすることになった。前日に送ってくれた吉川の顔写真は眩しい笑顔だった。いざ会うと高く透き通るような声色に癒された。

「パニエはアメショーじゃなくて雑種ですけどね」

 映画の時間まで、同じショッピングモールにあるペットショップで時間を潰す。猫という共通する好きなものを肩を並べて眺めるだけで幸せだった。あれをすっかり忘れるくらいには。

「あの二人、楽しそう……」

 思わず声がボソっと出てしまった。109シネマズのある最上階までエスカレーターで昇る僕等の目の前に、カップルが並んで手を繋ぎ、見つめ合っていたのだ。

「私たちもやってみますか?」

 吉川の躊躇ない提案に、僕は少し戸惑いつつも右手をゆっくりと差し出した。コンマ何秒だろうか、すぐに左手で握られる感触を感じた。女子の手は冷たいと誰かが言った。その時の僕の脳内はドキドキよりもヒンヤリが勝っていた。一瞬で絶望の淵に突き落とされた。思い出してしまったからだ。

 ***

 一目惚れだった。教室の前列左に座る、顔と声しか知らない君を、いつも後方から見ていた。

「ずっと好きでした」

 2週間前、放課後の屋上。木枯らしに揺られる長い髪の前で、僕は勇気を出して言った。

「ごめん。私、彼氏いるんだ」

 答えは分かっていた。僕なんかと釣り合うわけが無いことも察していた。それでも早月加積はやつきかづみに想いを伝えたかった。伝えられればそれだけで良かった。

「せめて握手だけでもしない?」

 青天の霹靂。目の前に差し伸べられた早月の右手は白く、ほのかにハンドクリームのフリージアの香りが漂っていた。恐る恐る僕は右手を近付けるも、背徳感から触れることが出来ない。

「大丈夫だよ。ホラ早く!」

 早月の言葉を信じ、5本の指を優しく曲げた。

「ごめんね。女子の手は冷たいんだ」

「ううん、全然大丈夫。ありがとう……」

 ***

 冷たくも温かい、不思議な感覚だった。記憶から消し去りたいはずなのに、あの時のヒンヤリした手の感触を、僕は事あるごとに思い出すのだろう。吉川が映画で涙を流している時も、パンケーキを美味しそうに食べている時も、プリクラでピースしている時も、カラオケでaikoを歌っている時さえも、僕はずっと早月の事ばかり考えていた。明日学校に行けば会える。会えるけど何も出来ない。告白で一生分の勇気を使い果たしたから。ちょっと可愛いメル友では気を紛らわせることなんて不可能な程に、顔と声しか知らないはずの早月を心から愛している。

「次は一緒に歌いませんか?」

 ミラーボールで彩られる部屋の中で、吉川の眩しい笑顔に負い目を感じながら、モノクロの僕はハイと返事した。

(1536字)


 ***


芋子「なるほど……感想を聞く前に、脚色した部分は正直に白状してもらいましょうか」

小野「メル友で知り合った女子と1回だけデートしたのは本当ね。エスカレーターで5秒だけ手を繋いだのも本当。高校じゃなくて大学3年の時だけど」

部長「お前、高校生だよね? なぜ未来の話を……?」

小野「で、それとは別に学内で一目惚れした女子が居て、いきなり告白したのも本当」

副部長「流石に握手はしていませんよね?」

小野「全くしていない。握手は他の女性のエピソードから引っ張ってきた」

芋子「では感想を聞いてみましょう。まずは部長から」

部長「いつも言っているけど、小野の個性というか作家性が見えない。『ラピスラズリのカラコン』とか、語感に頼りがちというか、それを書きたいだけなのよ。大体カラコンの色まで判別できるわけ無いのに」

副部長「手の冷たい感触が同じで思い出すよりは、むしろ真逆にして対比にしたほうが良かったと思います。エスカレーターは屋内だからそっちは温かい手にするとか」

小野「感触が違うなら、思い出すことが出来ないじゃん」

副部長「だからもっと練って欲しかったですね。感触じゃなくて違う方法で思い出すとか、そもそも忘れていなかったとか」

芋子「デートの序盤で思い出していますけど、映画や食事、カラオケを一通り終わらせて、最後にエスカレーターで思い出す展開の方が、幸せの絶頂から突き落とす感じを出せたかもしれません」

小野「確かにそうかもしれないけど、デートの過程がありきたりで、面白く書く自信が無かったのよ。読者が途中で読むのをやめたら意味ないし、展開は早めに持ってきたかったのが正直なところ」

副部長「人生でたった一度のデートが月並みとは、つまらない人生ですね……」

小野「そこまで言うならこの記事ボツにしてくれよ! わざわざ恥ずかしいエピソードを晒したのに報われないじゃん」

芋子「今年のnoteは紅白のYOASOBIにがっかりとか、アナ雪の両親の事故死が雑とか、陽キャオタクへの僻みとかネガティブな記事が続いていたので、雰囲気を変えるためにもこのまま載せます」

部長「禊ぎだと思ってくれ」

小野「そんなあ……」


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