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インタビュー・ウィズ・名探偵ボロンコ

俺は探偵ボロンコ。個人事業主。
豪華客船に探偵なんて事件が起こりそうな気配がプンプンするだろ。
だが俺はそこいらの探偵とは違う。殺人事件が起こるのを阻止する名探偵なんだ。
なぜそんなことができるのか……。おっと、ちょうどいいところに犯人がやって来た。
どうして彼女が犯人だとわかるかは、俺の口髭を見てくれ。
口髭がクルッとなってるだろ。
え? わかりにくい?
それはあんたの注意力が足りないからだ。
ともかく、俺の口髭がまっすぐからクルッとなる時、犯人は事件起こそうとしている。
怨み、怒り、痴情のもつれ、借金返済、生活苦。殺人の理由は人の数だけある。俺の経験則からいえば、カッとなって殺る人より計画的に殺る人のほうがやっかいだ。
なぜなら、殺人をやめさせるための説得が超めんどい。どんなに無茶苦茶な理由であろうと犯人にとって殺る理由がすでに成立している。計画的に殺る人はやっかいだ。
ということで、俺は犯人の殺人達成感を優先している。
殺したいほど憎い相手を殺したぞ、という達成感の後、犯人に訪れるのはだいたい後悔だ。その時こそ、説得の時だ。
だから俺の前では殺人は起こらない。起こさせない。
そのかわり犯人のため殺人偽装工作を行う。
意味がわからない?
いいいだろう。では、さっきの彼女を後をつけてみようか。
彼女、3つ先の客室に入って行っただろう。あそこは彼女の夫と愛人の部屋だ。
今日はクリスマスなのに、残酷な話じゃないか。
お、彼女の夫と愛人も帰ってきたな。
彼女の殺人方法は毒殺を予定している。こちらの毒をワインに混ぜるつもりだった。三人仲良く心中でもするつもりなんだろう。
俺はその毒をすり替えておいた。ほら、みて見ろ。歯磨き粉にそっくりだろ。
どうしてそんなことがわかるのかって? それはさっきも言ったが俺の口髭がまっすぐからクルッとなるからだ。
計画的殺人事件は犯人も準備に時間がかかる。
俺が犯人のため殺人達成感をサポートしてやる時間もたっぷりあるってわけ。

「苦しい! あいつが毒を入れた!」
「助けてよ! 殺される!」
担架にのせられた男女がわめきながら、客室から出てきた。
その姿を女が自分の首を押さえて悲しそうな顔で見送った。
「あの二人歯磨き粉入りのワインを飲んでしまったみたいです。あの通り叫ぶ元気もありますが、とりあえずうるさいので医務室に運んどきます」
船のボーイはにこやかに状況説明した。
「はみがきこ……しなない?」
「歯磨き粉じゃあ死にません」
「なんで? 確かに入れたのに」
「なんででしょ。人間ですから歯磨き粉をうっかり飲むこともあるかもしれません。奥さんもワイン飲んだんですか? まずかったでしょ。でも口をゆすげば大丈夫。あなたは、もう、大丈夫です」
女はボーイの顔を不思議そうに見つめて吹き出した。
ひとしきり笑ったあと、
「そうね。もう、大丈夫。今から奥さんをやめてこないと。ボーイさん電話はどちらに? 弁護士に相談するわ」
女は涙を拭った。
「フロントにございます」
うなずいて女は歩き出した。
まっすぐな口髭をしたボーイは一礼して女を見送った。

やあや、奇遇だな。まさか、あんたとこんなところで出会うなんて。
何か事件がおこるのかって?違うね。生活費を稼いでる。すぐれた名探偵といえど個人事業主はつらいんだ。
とにかく、あんたはやっときた新人だ。とっとと仕事に慣れて俺を楽にしてくれ。

首に下げたヘッドセットを素早く頭に固定し、マイクを口元に。
「ハイ! ○○シティ、コールセンターのジュリアンです」
「はい。……ピザの注文をお願いします」
ジュリアンは眉間に皺を寄せた。
「……ああ。番号を間違っていますよ。ここは○○シティのコールセンターです」
「間違えてはいません。ピザを注文したいんです」
甲高いが男の声だ。きっぱりと言い切った。
「そうですか。しかし、こちらはピザ屋ではなく役所なので、ピザをお届けすることはできませんが……」
ジュリアンはゆっくりとした口調で話しながら、パソコンのキーボードを叩く。
〈○○シティ ピザ 電話番号〉
検索エンジンの一番上に表示されたピザ屋のホームページをクリックする。
役所の番号とたしかに似ている。間違いそうだ。
隣のデスクでは固そうなパンをボロンコがかじっている。ボロンコは昼休みだ。
「急いで下さい。住所は○○シティ△△通り」
「いえ、いえ、ですから、こちらは役所なので。ピザ屋の電話番号をお伝え」
「間違ってません!」
「こちらは役所です!」
ジュリアンが少し大きな声を出したのでボロンコは怪訝そうにこちらを見てきた。
「わかってます。……頼むよ」
男の声が震えて段々と小さくなる。
一旦保留にしてジュリアンはボロンコの顔を伺う。ボロンコの口髭はまっすぐだ。
「おかしな電話が……」
「相手は女?」
保留ボタンの赤いランプを見つめながらジュリアンは首を横にふった。
「男性です。とても急いでいるような感じで。認知症かな」
ボロンコはパチパチと瞬きして、正面に置かれたホワイトボードを見て固まった。
ホワイトボードに貼られているのは『STOP DV』と書かれた日焼けしたポスターだ。
まさかという思いでジュリアンは慌てて保留ボタンを確認する。赤ランプは点灯したままだ。
「俺が替わろう。補佐を頼む」
言うが速いかボロンコはヘッドセットを頭につける。

「電話をかわりました。私はボロンコといいます。こちらは市役所のコールセンターですが、命の危険がありますか?緊急でポリスへの連絡が必要ですか?」
「は、はい。はい! マルゲリータのLサイズです」
電話ごしの声が力強くなる。ボロンコはジュリアンに目線を送って頷いた。
「わかりました。そこにいるのはあなただけですか?」
「いいえ! 大人三人と子ども、小さな子ども二人だとポ、ポテトの量はどれくらい必要ですか?」
「名前と住所お願いします」
ボロンコは聞き出した情報をメモ用紙に殴り書いて、ジュリアンに手渡した。
突然、ドン、という音と女の金切り声がボロンコの耳の奥を貫いた。
「何回も利用したことあんだから住所くらいわかんだろ!」
舌打ちとともに呂律の回らない女の声がした。電話の奥から子どもらしき泣き声が漏れ聴こえてくる。途端、ボロンコの口髭がクルッとなった。
「申し訳ありません。あの、大丈夫ですか?」
「は? お前に関係ね~だろ」
女は不機嫌そうに再び舌打ちをした。
〈ポリスよんだ〉
ジュリアンは怖い顔をしてメモ用紙をボロンコの目の前に差し出す。手が震えている。
ボロンコはピザ屋のホームページを凝視した。
「ご不便をかけて申し訳ありません。ただ今、予約システムを変更しておりまして。お詫びとして、お客様だけにピザをもう一枚とドリンク、さらにデザートを無料サービスさせて頂きます」
ボロンコできるだけ申し訳なさそうな抑揚をつけながら耳を澄ませる。
「あっそう。なかなか気づかいのできる店じゃん」
女は嬉しそうに声を弾ませた。
「ではどちらの商品にいたしましょう? それから、再度お名前とご住所を確認を……」
電話越しにサイレンの音が段々と大きくなっていった。

今回の事件で重要なことが判明したな。俺の口髭クルッは電話ごしの殺意でも発動するってこと。
え? 犯人の殺人達成感の優先はどうしたって?
ばかやろ。そんなもんケースバイケースだわ。事件が起こるのを阻止できたんだから、やっぱり俺は名探偵だ。
ジュリアン、あんたの夢は小説家だったよな?
アルバイト初日からこんな事件に出くわすとは、あんた持ってるなぁ。
ん? 俺のインタビューをしたいって?
いいぜ。名探偵ボロンコは小説よりも奇なり。
きっとものすごい大作が書けるぜ。

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