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ナポリタンムッシュ⑦ #どこにでもいる普通のサラリーマン

そして、ナポリタンムッシュの植木鉢の花が、マゼンダ色からオレンジ色に変わった頃だった。この間福岡へ出張に行った時にお会いしたお客さんに突然呼ばれて、もう一度福岡まで伺うことになった。

「また東京からわざわざ来てくれて、ありがとう。そろそろラーメンは食べ飽きただろ?」

「博多ラーメンは飽きませんよ。けど、自分は今むっちゃんまんじゅうにハマっています。」

美香さんにオススメされたむっちゃんまんじゅうは、地元民に親しまれている素敵なソウルフードだった。色んな種類があって、味を選ぶのが楽しくてたくさん食べていた。

「お、むっちゃんまんじゅうを食べてきたのか。私は20歳くらいからずっと福岡にいるからね、よく食べたもんだよ。」

「ごろごろちゃんが好きです。」

「おぉ、私もごろごろちゃんが1番好きなんだよ。」

「ハムエッグは王道ですが、結局は味の濃いごろごろちゃんが食べたくなるんですよ。」

余裕のない状況だったこともあり、ありのままの会話で商談中に自然と盛り上がったのは久しぶりのことだった。

「君、面白いねぇ〜。よし。そうしたら、この前もらっていた案内の件なんだけど、ウチの商品人気が出てきて思ったより早く売れちゃってね。追加で今年中にもう少し増やそうかなと思っていたんだが。

ごろごろちゃんが好きな君から買うとしようか...。」

ずっと売れなかった在庫で、大口の取引が決まった。色んなことを考えて売ろうと努力して商談を重ねた結果、最後の決め手となったのは、まさかのむっちゃんまんじゅうだった。神様のイタズラなのだろうか。あんなに悩んでいたのに、決まり方はあまりにも呆気なかった。

福岡から東京へ戻り、いつものように満員電車に乗り込んだ。今の自分は、ずっとなりたかったあのキラキラしたサラリーマン像とは少し違っていた。

この一件のおかげで、もう一度初心に立ち返ることができた。私はまだまだ一流だなんて名乗るには早すぎで、どこにでもいる普通の若手サラリーマンだった。でも、その普通のサラリーマンみたいな自分が、気づけば大きな商売をなんとかやり遂げて少しだけ逞しくなっていた。

どこにでもいる普通のサラリーマン達が今日も満員電車に揺られていた。「死んだ魚の目」だなんて言うにはあまりにも浅はかだった。キリッとしたその目つきは、みんな色んな不安やストレスを抱えながらも、日々をかけて戦っている戦士達の目なのだ。

車窓からぼんやりと外を見ると、荒川に映っている真っ赤な秋の夕日が、川の流れで波打ってナポリタンみたいになっていた。

今夜はこのまま通りもんのお土産を持って、ナポリタンを食べに行こう。

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