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ナポリタンムッシュ③ #どこにでもいる普通のサラリーマン


相場は変わらず予想通りだったが、ここ数日で為替が一気に円高に振れたのだ。

周りの出方を窺ってから後追いで買い付けた商社が、同じものを安く色んなところに案内をかけたのだろう。

販売を予定していたお客さんからは、他から安く買ったからやっぱりいらないと言われた。買ってくれると言ってくれたじゃないかと話すと「いや、なんの約束もしていなし、特に契約書も書いてないし。」の一点張り。

若手特有の「可愛がられ効果」でこれまではなんとかなっていたようだが、私が決めていた商売はそのほとんどが口約束での取引だった為、このような大きな商売にその甘えは許されなかった。経験の少ない私の競争相手は、その道10年以上のずる賢く強かな商社マン達だったのだ。

上司からは詰めが甘いと当然叱られた。「いつもお前にはお客さんを逃したらいけないと言っていたはずだったが、口約束しかしていないのはがっかりだ。自分でなんとかしろ。」

その日から彼はろくに口も聞いてくれなくなった。圧力に押しつぶされて、私は空き缶みたいに簡単にペシャンコになった。

会社からは「若手のエース」という期待を背負うとともに、上司には見放され、同じ部署で働く評判の悪い先輩からはとことん嫌がらせを受けた。

この先輩は叩き上げでそれなりのポジションまできたが、今まで自分がされた仕打ちを後輩にもしている為、下が全くついてこないタイプだ。それに加えて、ここ数年は思うように実績が出せず出世が遠のいてしまっている。この手の人は誰かの弱みを握ると、とことんそこに付け入って攻撃をしてくる。

彼のことはボディースナッチャー・マイクマッカラムとでも呼んでおこう。
「お前のリスクで買ったんだからもちろん自分で売りきるんだよなぁ!?」
「赤ちゃんじゃないんだから、誰も助けてくれないに決まってるよなぁ!?」
「お前のそうゆう態度が今回の失敗に繋がったんじゃないのかぁ!?」
ニチャリとした笑いの後に、怒号という名のボディブローがマッカラムから飛んでくるようになった。

挙げ句の果てには、ペンを貸した時に「お前のペンを使うと物が売れなくなりそうだから」という理由で、消毒をしてから私のペンを使うという小学生じみた右フックも受けた。ペシャンコになった空き缶は、売れるまではサンドバッグ状態でマッカラムの猛攻に耐えるしかなさそうだった。

莫大な金額の在庫を抱えて過ごす日々は、なんとかして売るために死に物狂いというか、もはや死んだかのように生きているゾンビだ。

そもそも、他とそこまで品質に大差がないのに、値段だけ高いものをどうやって売ればよいのか。この重圧から抜け出して、早く楽になりたい...。

今日も完全にKO負けをくらった後、脇腹を抑えながら帰りの電車に乗り込み、東京の満員電車に押しつぶされる。横にいる汗ばんだおじさんの匂いが気になって仕方がない。どことなくこの人がマッカラムみたいに見えて無性に腹が立ってくる。学生の頃はバカにしていたが、気づけば自分も「地下鉄に揺られる、死んだ魚の目をしたサラリーマン」になっていた。そんなことを考えながら、ポスターに写る今田美桜を見て気を紛らわした。

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