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【エッセイ】 会話に入れない。


人が4人以上集まると、ワタシは発言ができなくなる。

先日、新年会に行ってきた。知人に自宅に招待してもらった、ホームパーティー形式の新年会だ。そもそもワタシは、人の家でパーティーをする、という文化で育ってこなかったから、持ち物や服装に迷っていたが、優秀な知人が「ミッションは、クラフトビールを人数分買ってくること。数名しか集まらないラフな会だから、のんびり来てね」と連絡をくれたので、ただただ胸を高鳴らせながらスマホを片手に、送ってもらった住所へ向かった。

リュックに詰め込んだビールたちが、歩くたびにカランカランと涼やかに鳴った。数名とはいえ、人数ぴったり分のビールでは心許なかったので、ワタシはミッションよりも少し多めのビールを背負っていた。肩にズッシリとリュックのベルトが食い込む。坂道を歩いていると、じんわり汗が滲むほどだった。冬の風に吹かれているのに、夏の爽やかさを感じた。

知人の自宅へ到着し、一番最初に驚いたのが、その自宅の大きさだった。本人は一億円を超えていると言っていたが、その言葉に偽りなしだね。まず目に飛び込んできたのは、壁に埋め込まれた小さなステンドグラス。海外の教会でもらってきたんだとか。自然光が差し込み、キラキラと赤、青、黄色とカラフルな光を反射させている。天井が高く、自宅リビングに歩を進めると、次々に目に飛び込んでくるのはこだわりの家具や家電たち。「世界中から集めているから、統一感がないんだよね」と知人は言っていたが、いやいや、全体的にはウッドテイストでまとめられ、間接照明や、観葉植物が調和している素敵すぎる家だった。

集まったのは6人。みんな顔見知り。でも、仲良しってわけではない。何度か顔を合わせたこともあるし、食事をしたこともあるが、まあ、その程度の関係。でも、新年早々から家に集まってるくらいだから、世の中的には「仲良し」なのかもしれない。

嘘偽りなく、散々、お家を褒め称えた後、ワタシたちは自分たちが持ち寄ったものを出し合った。おせち料理、大粒いちご、バゲット、洒落たディップソース。ワイン。次々に美味しそうなものが台所に並んでいく。「美味しそう!」「おしゃれ!」「お正月っぽい!」と感嘆の声があがる。

ここにきて、ワタシは買いすぎたビールをテーブルに出すことが恥ずかしくなった。クラフトビールだから、確かにラベルはオシャレで可愛い。でも、ワタシは妙に不安になり、頭皮からじわじわと汗があふれてきた。

大丈夫、大丈夫と口の中で呟きながら、全て種類の違うビールを静かに並べていく。嬉しいことに「可愛い」「どこのやつ?」なんて声がとんだ。しめしめ。でも、ラベルがカラフルで可愛いから、という理由で選んだワタシは「どれがどこ産のビールでウンヌン」なんてウンチクは語れない。なのにワタシは格好つけて「ジャケ買いだから、よく分からないんだけどさ!」なんてキザなセリフを言い放ってしまう。内心ビクビクしながらも、残りのビールも並べていった。

なんとかその場をやり過ごすことはできたが、額からは汗が一筋流れ、眉毛に水が溜まっていた。誰にも気づかれないように、眉をヌッと撫でる。乾杯。新年、明けましておめでとうございます。華やかな食事。安心したのか、お腹がぐうっとなった。

その後は、クロストークが始まった。年越しは何してた、とか。今後の予定は、とか。最近の時事ネタについて、とかとかとか。よくある話が目の前をビュンビュン通過していく。聞いているだけでも楽しい。家の中だから、賑やかと言っても、お店のような騒がしさはない。心地いい空間。加えて、ペットの犬があっちこっちに可愛い顔をみせてくれたから、飽きることがない。真っ黒な毛並みの中型犬は、ワタシの膝の側にも何度も来てくれた。わしゃわしゃした。毛が短い。こういう犬種って、毛が抜けるんだろうか。つぶらな瞳に心で話しかけてみるが、もちろん返事はない。尻尾をぴょこぴょこ揺らしている。かわいい。きゃわいすぎる。でも、犬種を聞くことはできなかった。だって、知ったところで「ほえー」で会話が終わってしまうのがオチだから。そんなことで心を悩ませるよりも、目の前のこの子をたっぷりわしゃわしゃしたかった。たぶん、黒い柴犬だと思う。

パクパクと料理を腹におさめ、犬とたわむれているだけで、1時間が過ぎていた。

ワタシ、まったく会話に入っていなかった。話は聞いているから、「うんうん」とか「へー!」なんて相槌は打っているけど、言葉を発しているわけではない。妙な不安の正体がわかった気がした。別に持参品の良し悪しが気になってたわけではなかった。その正体は、集まった人数にあったんだと思う。

話題はすぐに移り変わり、その都度、中心人物が変わっていく。まるでチームスポーツをしているかのように会話のボールが渡っていく。パスを何度も交わしてから、ときどき、ゴールにシュートを決める。途中、ファールがあったりなかったり。ワタシ、走っては、いる。声も出しては、いる。でも、ボールが回ってこない。もしかしたら、回ってこようなポジションにいるのかもしれない。

隣に座った知人②は近況報告や、自慢話をベラベラと語っていた。他の人の話でも、無理やり自分の話にしてしまう。「でもそれはー!」と愛らしい笑顔を浮かべながら次々に会話に割り込んでくる。ボールをずっと持っているし、奪いにくタイプ。チームには欠かせない存在。若いのに剛腕な知人②。ワタシは少し軽蔑の視線を送っていた。楽しそうにしている姿にちょっと嫉妬したんだと思う。

会話に入るスキを窺っていたが、けっきょく最後まで会話には入れなかった。ボールに触ることもできずに試合終了。そりゃそうだよね。6人もいるんだから。

カラオケの場合「歌いなよ」って言ってくれて、マイクが回ってくるけど、雑談ではそうはいかない。自分でマイクを取りに行かねばならない。そうなると、だめだ。ワタシは、ただ、みんなの歌を聞いていた。スポーツから、カラオケに例えを変えてみた。

別に退屈だったわけではないんだよ。聞いてるのは楽しい。ただ、帰り道、思っちゃったの。「ワタシ、今日喋ってないな」って。ただ、それだけ。きっと、3人が限界なんだろうね。ワタシが会話に入っていける限界の人数。さすがに3人だったら、マイクが回ってくるし、会話に入るタイミングだってはかりやすいはず。でも、4人以上だとね。どうも、難しい。というか、苦手だし、向いてないんだと思う。

この日、ワタシは、美味しい食事をたらふく食べて、頭がクラクラするほどビールを飲んだ。素敵な家の家具を見たり、並んだ本のタイトルを見て、犬の背中を撫でながら・・・。

とっても楽しかったし、とっても情けない気持ちになった。

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