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【エッセイ】 聞いてくださいよお!


「聞いてくださいよ!」

また始まった、とウチは思う。愚痴だ。愚痴に付き合わされる。あーあ。こっちこそ聞いてくださいよ、と言いたい。「また、愚痴に付き合わされたんですけどぉ」だ。

世の中には、砂浜の一粒に例えられるくらい「愚痴」が転がっている。いや、世界中の砂浜をかき集めても足りないんじゃないだろうか。毎日、毎日、誰かの悪口。誰かのワル“グチ”がこぼれ落ちている。

愚痴を聞いている時、ウチは、なにも言わないことを決めている。聞く。自分をお釈迦様とか、サンドバックだと思って、ひたすら聞く。本気で聞く瞬間もあるけど、心の中で実況中継しながら遊んでいる時もある。

さあ、彼女の怒りがふつふつと込み上げてきている。原因はいったいなんなのでしょうか。上司への不満なのか、それとも、もっと大きな会社に対する文句なのか。今宵も闘いのゴングが叩かれようとしています。彼女はこの日のために、怒りを蓄積してきたといってもいいのかもしれません。なんといっても、青コーナーに控えているのは、万人の声を聞くと言われているお釈迦さまなのだから! なにをいっても、釈迦は動じません。ただ目を閉じて、優しく微笑んでいるだけだ。こんなにありがたい存在が、この世にいるのでしょうか!

実況中継できる時は、その愚痴を楽しめている時だけど、楽しめない愚痴もある。「10分経過」なんていう、時報モードになってしまうことだってある。でも、ウチは、ひたすら聞くことを決めてるんだ!

「ねえ・・・、聞いて聞いて・・・!」

また始まった、とウチは思う。悪意に満ちている。目尻がニヤリと言っている。口の端がいやらしく曲がり、ほっぺたの面積が小さくなった。誰かのしくじり、ゴシップ、人が地に落ちていくタノシイ話が始まるのだろう。

他人の不幸は蜜の味。それはウチも認めてる。人間がイヤになるけどね。どこまでいっても妬みの気持ちは消えないしさ。ライバルの誰かが失敗したり、失脚してくれれば「ラッキー!」って思ってしまう。ああ、ヤダヤダ。

でも、わざわざ蜜を吸いには行きたくないし、吸わされたくもない。もちろん、吸わせようともしない。人知れず、一人こっそり蜜を吸っている。イヤな自分を見るのは自分だけ。

タノシソウに話す相手にも、ウチはなにも言わない。黙然と聞いている。ソーラーパネルで頭を揺らす癒し系アイテムみたいに、うんうんと揺れている。人間のいやらしさや、心が根っこから捻じ曲がっていることを確認しながら揺れている。見た目や言葉に気を遣っていて、社会的には立派な立場にいる相手でも、他人の不幸は蜜の味。なんてこった、人間社会。

ずっと聞いていると、今度がウチが話したくなる。でも、「聞いてくださいよお」なんて言えない。恥ずかしい。しかも話すネタがない。あるのは「話したい」という気持ちだけ。不器用かよ。そりゃ、自然と聞き手に回ってしまうよね。

だから、今日も書いている。
どうでもいいこと、クダラナイこと。
心の声を掬い上げるのもヘタだから。
こうして、今日も書いている。


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