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【エッセイ】 悪と闘う20歳。


「悪ってなんですか?」

突然、20歳の女性にそう問われ、あたしは考え込んでしまった。どうやら彼女は《悪に対する耐性》がないらしく、テレビや映画に出てくるような悪役にでさえ拒絶反応を示してしまうらしい。悪と直面すると、身体が震え、抑えられないような怒りや悲しみが込み上げるんだとか。自分を制御できなくなってしまうことに悩み、でも、そんな自分を客観視するためにも「悪とは何か?」を様々な人に聞いているようだった。

「人を殴るような暴力や、罵ることは悪?」
「ポイ捨てはどうかな?」
「人の悪口を言ったり、汚い言葉を使うことは?」
「人に迷惑をかける行為とか?」

あたしは「悪とは何か?」の問いには答えず、彼女に質問をぶつけることで、彼女の悪の正体を知ろうとした。彼女は、あたしの質問一つ一つに、うーんと言いながら大きな瞳をキョロキョロ動かし熟考していた。その姿が、あまりにも健気で愛らしく、ある種の神聖ささえある気がした。

どうやら、彼女の答えや考えを聞いていると、見えてきた悪の基準は、常識的な範囲のモノだった。マナーや、モラルという言葉に置き換えることもできるかもしれない。そして同時に、彼女の中には《正義感》という言葉があるのかもしれないとも思った。

あたしは、純真な彼女に、なんて言葉をかけていいのか、ますます分からなくなってしまった・・・。

年齢を重ねると、少しずつ世界の色が増えていくんだと思っている。

喜怒哀楽の4色の世界に生きていたのに、年齢を重ねていくと喜びの中にもたくさんの色があることを知る。大切な人に抱きしめられた時の喜び。笑顔を共有できた時の喜び。自分の喜びを一緒に喜んでもらえた時の喜び———。

同じ喜びという色かもしれないが、そこに彩られた色は確かに違う。世界が単色から、カラフルに変わっていく。年齢を重ねていくことには、そんなヨロコビがあると思っている。

20歳の彼女の中には、まだ、そんな世界の色が少ないのかもしれないと思った。しかし、同時に純度の高い《金》のように、ぴかぴかと輝く価値のある存在でもある。それこそが神聖さにも繋がり、彼女が自分を保っている核なのかもしれない・・・。

すっかりクスんでしまったあたしは、さらに頭を抱えてしまい、悩みに悩み、話の結びとして、こんなことを言っていた。

「そのままでいいと思うよ」

ちんぷな言葉。よく聞く言葉。あたしも大人に言われてきた言葉。同じことを彼女に向かって言っていた。しかし、それ以上にいい言葉が見つけられなかった。

彼女の「悪とはなにか?」という問いの答えになっていないことは分かっていた。でも、ここで、こんこんと「悪なんてものは社会規範から成り立っているものだから線引きできるものではなくて・・・」なんていう、いかにも答えらしいことを言うのは違う気がしてならなかった。

きっと、彼女が「悪とはなにか?」という問いを持ち続けて、自分に語りかけることこそが大事なんだと思うし、もしかしたら彼女自身、答えを求めていなかったかもしれない。誰かに聞いて、また悩む。自分なりの正解を探す。その繰り返しが彼女なりの悪との向き合い方なのかもしれない。

だとすると、あたしはただの役立たずだったなあ。なにも答えられなかった。でも、覚えておいて欲しいのは、大人という色の中にも、あたしみたいな役立たずの大人もいるということ・・・。

ぜーんぶ、推論の話。
彼女の本心は分からない。
けっきょく、自分を慰めておわった。

彼女に幸あれ!

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