<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<12>

綾が得意なこと

「チチ、チチ、これやろ」
 綾が何やら持ってきた。板みたいなものだった。
「何やるの?」
 昨日仕事が珍しく遅かったのでちょっと横になっていた。起き上がって綾の手元を見ると、やはり、パズルだった。
「これ、やりたい」
「どーぞ」
 一人で遊べるものだけど、綾は僕と一緒にやりたがる。出来上がった時に褒めてもらうためだ。
 今も僕の目の前でパズルを睨みつけるようにして取り組んでいる。いくつか持っている内で一番難しい16ピースだ。8ピースなどはけっこうサクサク終わらせてしまうので、これがすんなりできるようになったら30とか50ピースを考えないといけないかもしれない。
 と言っている間にもう半分くらい埋まっている。ちゃんと教えた通り角から埋めていき、それにつながりそうなものを選んでいる。
 ふんふん、と鼻息を荒くしながら綾は淀みなくピースを埋めていき、五分後にはパズルが完成した。お姫様たちが描かれている。
「できたー!」
 両手を上げて綾が喜ぶ。それを見て僕も嬉しくなってしまった。
「よーし! よくできた! すごいぞ!」
 勢いよく綾を抱き上げてクルクルと回る。
「きゃーーー!」
 声を上げて喜ぶ綾に、また嬉しくなって高い高いをした。
 最後に、ぎゅっと抱きしめると綾も僕にしがみついてきて、静かになる。
「んんんんんーーー!」
 綾が唸りだして、ガバッと顔を離し、僕の顔を覗き込む。
「チチ! あたらしいのほしい」
 やはりそう来たか。
「良いんじゃない、もう簡単にできるようになったし」
 宮子が様子を見ていたのか洗濯物を畳みながら口をはさんでくる。
「ちょうど良いからお昼ご飯の材料買うついでに行ってくれば?」
 口実まで作ってくれた。
「じゃあ、行くか、綾」
「いくーー!」
 そうやって二人連れだって歩いていく。
 近くにあるモールの専門店街の中に、パズルを売っている店があるのだ。
 店の中には、色とりどりのパズルの箱が並んでいる。
 ミルクパズルあり、ステンドグラスパズルあり、ディズニー関連のものやジブリ、アニメや風景画などバラエティに富んでいる。
 綾はトトロを見つけて「あ、これがいい」と言っていたが残念それは1000ピースだ。
「綾、それは無理だよ。見てごらん、一個一個が小さいだろう? これ千個もくっつけなくちゃいけないんだよ。綾がやっても何年もかかっちゃうよ?」
「やー、ととろー!」
 一度気に入ってしまうと、もう他は目に入らない。子供ってそういうものだ。
「こっちはどう? トトロだよ」
 見せたのは子供用の、とは言っても50ピースの結構難しそうなやつだ。
「やー! こっちがいい」
 だが、綾は納得しない。
 これはいつまで経っても平行線のパターンだな。
 うん、しょうがない。
「分かった。綾、じゃあ先にお昼ご飯の材料を買いに行こうか」
 屈んで目線を合わせて話すと、綾は少しだけ目を泳がせていた。もしかしたら買ってもらえないかも、と思ったようだ。
「大丈夫、買い物が終わったらまたここに戻って来よう」
 その一言で納得したらしい。
「うんっ」
 お昼ご飯は蕎麦なので、蕎麦とてんぷらを買う。綾はイモ天、僕はかき揚げ。宮子はキツネ蕎麦が食べたいとのことなので、いなりずし用の味の滲みた油揚げを買う。
「チチ、あやも、おいなりさんする」
 どうやら食べたくなってしまったようだ。何枚か入っているので問題ないだろう。
「じゃあハハに聞いてみような」
「うん、わかった」
 パズルを売っている店までの間、綾は一言も1000ピースパズルのことに触れなかった。
 どうやら上手く気を逸らせたようだ。
 店に入ってすぐ、僕は「綾が一番好きな」お姫様のたくさん描いてある50ピースのパズルを見せた。
「すごいな、これ、五歳用だって。綾、何歳だっけ?」
 綾は自分の指をじっと眺めて、一本、二本と立てる。二本目はまだ上手く立てられない。そして、何度か繰り返してようやく納得いったのか、「二歳!」と指をこちらに見せてきた。
「そっかー、二歳かー、じゃあ五歳のは難しいかなぁ?」
「あや、できる!」
「でも、三つも上だぞ。幼稚園の年長さんだぞ?」
「あや、もうおねえちゃんだから」
 一歩も譲らない。いや、それで良いんだけど。
「そうか。じゃあこれ、買うか?」
「かうーーーっ!」
 可愛いやつよ。とほくそ笑みながらレジに向かっていると
「これ、チチのね」
 と、先ほどのトトロをレジに出されてしまった。
「……どうされます?」
 店員の問いかけに僕は、
「ください」
 と答えたのだった。

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